*英雄*
2
そのころ。
「まだまだ!次!」
「は、はい!」
剣を握って3年、厳しい修行に耐えてきた兵の一人が前に出る。
明らかに自分よりも10歳は下の子供相手に、仲間の兵隊は次々と倒されていく様を見せ付けられた。
「はぁ・・・ッ!!」
考えを巡らせて気を抜いていた彼に、飛び込んでくる赤い塊。
一瞬で自分の間合いに入られ、慌てて刃のない訓練用の剣で受け止める。
が、向かってくる相手が軽量型と侮って、片手で受けたのがまずかった。
トンファーで繰り出される一撃が、重いのだ。
しかもそれが左右次々に繰り出されるから、防御にばかり気が回って迂闊に攻撃ができない。
「う、ぬ・・・!く・・・っ・・・あぁ!」
手はしびれて、握っていた剣が手のひらからすっぽ抜ける。
その瞬間、眉間に当てられるトンファーの先端。
「わっ・・・!」
兵士は地に尻をついた状態で、降参の意思を示した。
「・・・・ふぅ・・」
「オミ様の勝利ですね」
「ありがとうカミューさん、訓練の邪魔して悪かったね。大丈夫?」
尻を着いたままの兵士に、すまなそうに笑って手を差し出す。
「はい、オミ様こそ・・・・」
「うん?」
「いいえ、お手合わせ、ありがとうございました」
伸ばされた小さな手を握り返し、兵は礼の意を示した。
「そんないいよ、僕だって気晴らしに付き合ってもらったんだし」
自分より2倍は大きい身長の兵士の手を引いて、立ちあがるのを手伝う。
「オミ様、また何か・・?」
「・・・・ううん、シュウの言うこともわかってるんだ。僕の考えが甘いせいで、人がたくさん死んでいく」
なんでもないよと微笑んで見せて、いつも着ている赤い胴着をきちんと正した。
「だから僕は選択を間違っちゃいけないって。色々考えてると、気持ち悪くなってね」
だからちょっと身体を動かしに来た・・・・と言って、苦笑する。
「ごめんね邪魔しちゃって。また、来てもいいかな?」
「えぇ、オミ様がいらっしゃいますと兵達にも活気が入りますから」
赤い軍服を優雅に身にまとったカミュー。
その隣でオミの型を見ていたマイクロトフがカミューに賛同するように言葉を続けた。
「それにこうやって手合わせをして下さってから、明らかに兵たちの力は上がっています!」
「全てオミ様のおかげですよ。私達も随分教えやすくなりました」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
にこっと笑うその顔は、まだまだ成長期前の幼い顔つきだ。
歳相応・・・いや。
15歳と言う年齢から見ても少し幼いが、強い光を宿した榛色の瞳に、誰もが目を奪われる。
そして、華奢な印象が拭い切れない体つきにふさわしくなく、武道を極めていてかなり強い。
「じゃあ、僕もう行くね。シュウさんにまた怒られるから・・・」
「・・・はい、ではまたいらして下さいね」
礼を言ってオミは道場を後にした。
その足で、彼は城内を回る。
ある意味日課だ。
毎日歩いて、城の中にいる仲間達を励まし、気合を入れて回っている。
と言うのも、オミ自身は何もしていないが、オミの姿を見ると、誰でも気合が入るらしい。
幼い軍主は、同盟軍にとって憧れと期待、そして敬意の象徴だ。
それを知ってか知らずか、オミは毎日のように城を散策している。
「あ、オミさまぁー!」
道場から出て直ぐ右の池の周りに、集まっていた子供達がわらわらと駆け寄ってくる。
「こんにちは。遊んでたの?」
目線を合わせるために座って、子供達の頭をひとりひとり撫でていく。
そのうちのひとりが、嬉しそうに言った。
「うん!ぼくね、オミさまのやくなんだよ!オミさま、あれやってあれ!!」
「あれ・・・?」
小さい子供の話は急にとんでもない所へとつながるものだ。
あれ・・・というものが思いつかず、オミは首をかしげる。
「うん、まえにいっかいだけみせてもらったあれ!すごくきれいでかっこよかったから・・・・」
その視線が腕に持っているトンファーに注ぐのを見て、オミは納得した。
「あぁ、『型』だね?いいよ、やってあげる」
危ないから、と年長の子供達が小さい子をオミから少し離す。
「じゃ、やるね。危ないから、近づいちゃダメだよ?」
すぅ・・・と深呼吸をして、ゆっくりと目を閉じる。
これだけの見物人が居ても、オミに全く関係はない。
いつでも真の空・・・、『無』になれるからこそ、オミは強いのだ。
集中力が常にある状態。
常人ではたどり着くことのできない領域だ。
薄く目を開いたオミは、ゆっくりとした型をなぞりだした。
その動きは繊細で、儚くもあれ、しかし、全くと言っていいほど隙はない。
洗練された美。武芸が魅せる美しさ。
「オミさま・・・きれー・・・」
オミの耳には聞こえていない。
実際聞こえてはいるが、目に見えている物も全て、『感じている』状態だ。
と、突然空気が動いた。
もちろん風は心地よい程度に流れている。
オミが張り巡らせた気の膜に、誰かが触れた。
「途切れてるよ、集中力」
言われて、はっとする。
子供達の嬉しそうな声を感じて、オミはもう一度集中力を高めた。
演舞でも舞っている感覚で、相手の気を受け止め、押し返すように受け流し、また受け入れる。
自分一人で型をなぞっている時より、随分と身体が動く。
その不思議な感覚が理解できないまま、2人は動きを止めた。