A*H

狂皇子討伐編

*Liar*


1

雷が轟く夕刻近くに、軍師シュウの怒声が雷さえ掻き消すように響いた。
「単独で敵兵に向かうだなんて!それも、あのルカに!危険だということぐらい分かるでしょうに!」
外は雨。
先日繰り広げられた帝国との戦争後の軍事会議中だ。
終戦直後に降り出した雨は、冷たく激しく本拠地に降り注いでいる。
ざあざあと打つ音の中で、下を向いたまま顔をあげようとしないオミの姿があった。
「シュウさん!オミだって分かってるの!でも、オミは・・・」
「ナナミ殿は黙って。オミ殿には上に立つ者としての自覚がなさ過ぎる」
下を向いているオミの体中にはいくつもの手当ての痕があり、小さな体は小刻みに震えていた。
人前で絶対に涙を見せないオミのその様子に、軍師以外の面子は黙りこくっている。
「大体貴方にはもう少しリーダーとしての・・」
「・・・もうそろそろいい?」
まだ長々と続きそうな言葉を遮った者がいた。
窓際に座ってこの様子を眺めていた、セフィリオ。
長い棍を脇に持ったまま、悠然と彼はオミに向かって歩き出す。
「マクドール殿・・・まだ話は」
言い足りない軍師は歩きだした彼を止めようとしたが、セフィリオの伸ばした腕がオミを支えるのには間に合わなかった。
「オミ!」
セフィリオの腕が差し出されるのが分かっていたように、オミはぐったりと倒れ込む。
「・・・熱を持った傷に構わず起き出して来てるんだ。今日はコレぐらいにしてあげてよ」
震えていたのは泣いていた訳ではなかった。
立っていることすら辛い体を今まで必死に支えていたのだろう。
現にセフィリオに抱えられたオミは苦しそうに息をしている。
「これでもまだ説教続ける気?」
「・・・いえ」
これには誰も何も言えなかった。
「じゃ、会議は終わりだね。オミ連れてくよ?」
軽い体を腕に抱えたまま、セフィリオは会議室を後にした。




-----***-----




「・・・ぅ・・」
薄く目を開けて・・・視界に映ったのは見慣れた自室の天井。
霞む意識の中で、何故自分がここにいるのか考えた。
シュウに怒られて、それでも体が重くて・・・。
もう体を支えきれなくなって・・・それで?
「気が付いた?」
部屋の端、暗闇の方から良く通る声が響いて聞こえた。
その一瞬に走った稲光に姿を照らされて、それが誰と分かる。
それ以前に声だけで誰だと言うことは分かっていたのだが。
「・・・あ・・なたは・・、っ!」
一瞬嫌そうな顔をして、オミは顔を背けた。その反動に包帯の巻かれた傷が疼く。
そのオミの行動を予測していたように、セフィリオは軽く笑った。
「何、そんなに僕が嫌い?」
「わかってるなら・・・訊かないで下さい」
そっぽを向いたオミに苦笑しつつ、セフィリオはオミの横たわるベッドに座った。
ギシリ・・と軋む音が、嫌な程大きく響く。
「・・・それにしても、よくやったじゃない」
「・・・?」
いつもの図々しさは消え、セフィリオは優しげにオミの髪を手で撫でる。
声にも行動にも労わる気配が漂って、オミは微かに動揺した。
「夜襲を夜襲で迎えた軍師の考えにも舌を巻いたけど、僕は君に驚いた」
包帯の巻かれた腕にそっと触れ、優しく摩る。
「あの狂王を1人で倒してしまったんだからね」
痛みに流れる汗を指で拭って、また髪を撫でるセフィリオの手。
武人のそれの筈なのに、触れる手は繊細で暖かくて・・・オミは知らず視線を返した。
オミがこちらを向いたことに気付いて、柔らかく笑う。
いつもの作り笑いではない、『本物の笑顔』
「・・///・・・っ」
「どうかした?」
思わずそれを直視してしまったオミは、流石に顔を赤らめた。
セフィリオは格好良いのだ。
その整った顔で本心から微笑まれて・・・・そこに込められた想いにオミは赤面する。
ふと、突然脳裏にセフィリオの声が響いた。




『オミの中に誰が居るのか・・それでも、僕しか見えなくしてあげるから』


「・・・あ」


『絶対オトす。覚悟しててよね』


卑怯だと思う。
図々しくて勝手に振舞って周りなんか関係なしでいつも自己中心なくせに。
こういう時だけ・・・・こんな風に微笑むなんて。




「オミ?」
「・・何でもないです」
赤く染まったオミの頬に、セフィリオは顔を寄せる。
そのまま額に手を当てて、熱を測る。
良く分からなかったのか、今度は額同士を触れ合わせてきた。
「・・・高いね。少し気を分けてあげようか」
そういうと、オミの返答もなしに唇を重ねた。
「・・っん・・・・!」
抗うように腕を突っ張ったが、それさえも間に合わない。
唇から吹き込まれたセフィリオの『気』は心地よく爽快で、瞬く間に乾ききった体中に広がった。
まるで砂漠にあわられたオアシスのように。
何時の間にか舌を絡められても、オミはただ夢中でそれをねだる。
「・・・止まらなくなるよ?」
くすりと笑ってセフィリオは、そっと唇を離す。
少し潤んだ目でオミを見て、そう突き放した。
オミは離れてしまった唇を暫く物欲しげに見ていたが、正気に戻ったのか慌てて顔を伏せた。
「どうかした?」
分かってるくせに、こうやって訊いてくる。
そんなところが意地が悪いと言うのに、セフィリオはとても楽しそうに笑うのだ。
滅多に見ない素直なオミが見れて、実際楽しいのだろう。
「・・からかわないで下さい・・」
「からかってなんかないよ。少しは楽になった?」
言われてみて、さっきまでの気だるさがウソのように消えていることに気付いた。
痛みはそう消えていないが、気力のあるなしで耐える痛みが違ってくる。
少し体を起こして、オミはセフィリオを見た。
「相変わらず『気』の相性はいいんだね。・・オミは僕のこと嫌いなくせに」
「・・・だって」
「だって?」
「・・・嫌いです」
泣きそうな顔で、オミはセフィリオにそう告げた。
その表情は・・・嫌悪の表情というよりは切ないと表現した方がしっくりくるような。
「そんな顔で言われても・・・納得できないよ僕は」
顎を軽く支えて、斜めに深く口付ける。
『気』を送り込んでいる訳ではなく、ただ『キス』目的で触れ合わせた唇。
オミは小さく喉を鳴らして・・・それでも抵抗しなかった。
自然と瞼が下りて・・・セフィリオの侵略を受け入れる。
「・・・ひとつ、教えてあげようか」
「・・?」
「オミはね、天邪鬼で嘘つきなんだよ」
「・・・あなたに・・・言われたくないです」
「ひどいなぁどう言う意味?」
「・・・ひどいのは・・どっちですか。嘘なんて・・・」
「ついてるね。嘘ばっかり」
とん・・と肩を押されて、オミはベッドに体を沈めた。
起き上がろうにも、また覆い被さってきたセフィリオに唇を奪われてしまい起き上がれない。
「ん・・っ」
肩布が外され、セフィリオの唇が首筋に滑る。
ぞくりと走った『何か』に、オミは身を震わせた。
「何・・っで?」
上ずった声で、オミが呟く。
「僕が・・・君に狂ってるからだよ、オミ」
なし崩しに抱かれるのは嫌だった。
何をするか分からない訳ではない。
それでも、抵抗出来ないのだ。
相手が嫌いだと自覚しているつもりでも、どこかで必死に追いかけてる自分かいる。
向けられた好意は・・・甘く嬉しいもので・・・。
「でも・・っ!」
微かに身を捩って逃れようとしても、セフィリオの手はそれを許さない。
強い力で抱きしめられた体から・・・無意識に力が抜けていく。
「もう後戻り出来ないよ」
耳に直接吹き込まれた声も、甘く掠れて・・・。
そのまま耳朶を噛まれ、閉じた唇から声が漏れる。
「君は、僕のものだ・・・」
その言葉が、オミに甘く響いた・・・。

NEXT.....