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A*H

ティント編

*...其ノ力、対極也*


1

「・・・少し休憩されては?」
「大丈夫、だよ・・・」
書類を睨みつけていた目を伏せて、軽く深呼吸。
「ね?」
軽く笑って見せるが、その顔には疲労の色が濃く出ていた。
つい先日も戦争があったばかりだ。
その時にもオミは躊躇わずに紋章を解放している。
その疲れが出たのか、今日はいつもより消耗していた。
「では、少し城を歩いてきてはどうですか?」
さり気無く声をかけてきたのは、クラウスだった。
オミの手から書類を受け取って、にこやかに言葉を続ける。
「オミ様の顔を見られると皆の士気が高まりますから。休憩とは別に・・・ということで」
「・・・わかったよ」
そこまで言われたなら断る理由もない。
少し前までは、会う度に『気』を分けてくれていたセフィリオとも、もう随分と会っていなかった。
部屋を出て、ふら付く身体を壁で支える。
「・・・少し、辛いな・・・・」
身体も辛いが、会えないことの心の辛さも。




-----***-----




人を好きになるのは突然で、唐突。

その感情に気付くのは、ふとした瞬間の、さりげない仕草。

気付いてしまうと、もう後戻りは出来ない。

他人を騙す事はできても、自分の心を騙す事など出来はしない。

それが、恋だと気付いたら。

それが、愛だと気付いてしまったら。

その心はもう止められないのだから。










「本当は、気付きたくなかったんだ」
自分の醜い心を直視してしまうから。
「大切なものなんて」
守れないのなら、初めから、ない方がいい。




-----***-----




城の2階廊下。
ナナミは、その窓から下を眺めるオミを発見した。
「オミ!いた、見つけたー!」
「・・・ナナミ?」
「どうしたの、そんなところでボーっとして。何か見える?」
「・・・ううん、何でもないんだ」
何かをじっと見つめていた視線を巡らせ、ナナミに向かって微笑む。
「・・・・・」
「僕に用事?・・ナナミ?」
動かなくなったナナミを逆に覗き込んで、オミは笑う。
「あ、えっとそろそろ執務室へってシュウさんが」
「・・・ん、もうそんな時間か。わかった、戻るよ」
軽くナナミに手を上げて、オミは小走りに去っていく。
その後姿を目で追いながら、ナナミはくすりと笑った。
一瞬、弟の笑顔に見とれてしまった自分に。
幼い頃からずっと一緒に育ってきたのに、今更。
ただ、誰かに自慢したくなるくらいカッコよくて綺麗だったオミの笑顔。
「・・・変わったよね、少し」
その前に、オミは、あんな辛そうな顔で何を見ていたのか。
ナナミは、窓から身を乗り出す。
「あ」
オミの視線の先にいたのは、屈託なく笑っているセフィリオの姿。




-----***-----




守るだけじゃなくて、ソレを独占したいなんて考えてしまうから。
「僕だけのものなんかじゃないのに」
守られているのは、自分の方だ。
掴んで欲しくて、必死で腕を伸ばしていたのも。
「僕の方だったのかもしれないのに」




-----***-----




苛立った気持ちを宥めるために、オミは月夜の散歩に出ていた。
雲の少ない空は、藍色に染まっており、静かに流れる雲は月や星の白い光も受けて綺麗な青に染まっていた。
緩やかな風が流れるままに、その雲も空を流れていく。
オミは、ある木の上に違和感を感じて立ち止まった。
「サスケ?」
「・・・なんで分かるんだよ」
こんな少年でも、サスケは忍者の端くれだ。
ふらりと歩いていたオミに気付かれてしまって、少々傷付いているらしい。
「うん、ちょっと神経が過敏になってるから・・だと思うんだけど」
気付いてしまったことを謝るのも変だ。
だけれど、サスケの微妙な気持ちに気付いてあえてオミはそう言葉を濁した。
「で、結局何してるのそんなのところで?」
「・・・憧れって、恋とかそういうのとどう違うんだろうな」
「サスケ?」
「俺にとってあの人は、ずっと憧れだったんだ。今でも尊敬してる、だけど・・・」
サスケに引っ張られて、久しぶりに木の上へと上がった。
高い木の上から見えたのは、赤い布。
「・・・・・・・・・・・・何で?」
見てしまって、思わず声が出た。
近くない距離だから、向こうは気付いていないだろう。
「オミ?」
「・・・カスミさん、あの人と仲良いんだね」
「・・・見てればわかる。カスミ姉は好きなんだよ、あの英雄のこと」
それこそ、3年前の解放戦争の時から。
「いつも任務に空きが出来れば、会えるかもってバナーに出かけてたくらいだぜ?」
呟くように言うサスケのセリフに、サスケの気持ちが痛いほど理解できた。
サスケも好きなのだ。
カスミという女性を『好き』という事に気付いてしまったのだ。
「・・・見てるだけって、辛いよね」
「え?」
「素直になれないのは、僕の方なのに・・・・・・・・っ?」
くらり・・・と、世界が歪んだ。
「オミッ!」
木の上でバランスを崩した身体は、重力に従って下へ落ちていく。
間一髪オミより下に落ちてクッションになったので怪我はなさそうなのはいいが、オミの身体が熱い。
それも、異常に。
「オミ、オミ!!何だよ!目ェ覚ませよ!」
体調が悪いことに気付かなかった自分の浅はかさを呪った。
サスケは知らない。
オミの紋章が、『気』を求めて発熱していることなど。
「誰か、そうだ!ホウアン先生のところ・・・」
オミの軽い身体を背負って走り出そうとした瞬間、後ろに気配を感じて飛び退いた。
今背中にはオミを担いでいるのだ。
死角だといって背中から攻撃されてオミに何かあったらたまらない。
「・・・何だ、お前か・・・」
暗闇に必死で目を凝らしてみれば、月明かりに映る姿はルックのものだ。
「それ、医者に見せても治らないよ」
いつもの事だが唐突でそっけないルックの声に、サスケは一体何のことだと一瞬悩んだ。
が、すぐ思い当たる。
「じゃ、どうすればいいんだよ?!」
「アレに差し出すか、僕がやるけど?面倒だからアイツにやらせて欲しいんだけどね」
「アレ・・?ってお前治せるのか?!」
「単に、紋章の使い過ぎだからね。魔法的な『気』を外から補給すれば治る」
しかし、それは『真の紋章』持ちにしか、治せない。
「不安定だからね、それは。本当はオミがここまで"もつ"なんて思わなかったけど」
どう言う意味だ、とサスケが訊く前に、ルックはサスケの背中からオミを地面へ降ろした。
そのまま右手の甲を包むように、握り締める。
「・・・・」
静かな夜の暗闇の中、それは微かに光って見えた。
ルックから流れる光の筋は、明らかな意図を持ってオミへと流れては消えていく。
「きれいなもんだな・・・」
目で見る『気』というものは。
今が静かな夜の闇に包まれていたからこそ見えた光だろう。
「・・・ル・・ク?」
「気付いたか?オミ、平気か?痛いとこないか?」
「・・・サ、スケ?・・・僕・・っつ・・・!」
動こうとしたオミは、体が訴える限界に力なくも背を横たえた。
「・・・まだ足りてないみたいだね。君、無理し過ぎ」
普段は全く表情も変えないルックの仕草に、サスケは驚く。
サスケが驚くほど、ルックは悲痛な顔をしていたから。
辛そうに荒い息を繰り返しているオミは気付いていないだろうが、ルックの表情にはえもいわれぬ痛みが漂っていた。
「あれだけ、使うなって言ったよね」
「・・・でも、助かる命を、見殺しになんて出来ないよ・・・」
「お人好し」
「そうかな・・・」
何のことを話しているのかサスケにはサッパリだが、無理して笑うオミは、確かに痛々しく見えた。
オミはそのまま、色を失ってしまう。
と、背中に感じる気配にサスケは振り返った。
「カスミ姉・・・」
いつの間にこんな傍まで来ていたのか、カスミは驚いた様子でしゃがみ込んでいるサスケを見やった。
「こんな時間にどうしたのサスケ・・・あら、オミ様?オミ様じゃないですか!」
オミを見て、一瞬辛そうな表情を浮かべたけれど、カスミはすぐにもオミの体調を見て取った。
「カスミ」
オミに手を伸ばそうとしていたカスミの手を、引きとめる声。
「セフィリオ様・・・」
「ルック、後は僕がやるよ」
膝を立ててオミの体を支えていたルックの手から、未だにぐったりと体を沈めたオミを受け取った。
「・・・ごめんね、オミ。無理させたね・・・」
今まで、何度も会いに来ようとしていたのだが、激しくなる戦火はラダトとバナーの航行までも封鎖した。
少しだけ沈静化したので出て来てみれば、オミは地方で起きた暴動を静めに出かけていると言う。
帰ってきたと思えば、執務が彼を外へは出してくれなかった。
久々に触れたオミの気に、微かだがルックの気が混じっていることに気付いて顔をしかめる。


本当は いつだって 
彼を手放したくないのに。
いつだって
誰にも 触れさせたくない。


さらさらと流れる色素の薄い髪を掻き上げて、薄く開いた唇に気を送り込む。
「・・・・」
オミに唇を重ねたセフィリオの動作があまりにも自然だったからか、誰一人声を上げる者はいない。
「・・・ぁ・・」
送り込まれた気に、意識のない無防備なそれは、渇望していたものを求めて従順に唇を開く。
「・・・ん・・―――っ・・」
小さく喉を鳴らして、飲み下せば、全身に広がるセフィリオの気。
白く染まった視界が、ゆっくりと色を取り戻していく。
「・・セフィ・・・リオ・・・?」
ゆっくりと目を開けた眼前に、すまなそうに微笑んでいる顔があった。
「暫く、会えなくてごめん・・・。寂しかった?」
「・・寂しい、なんて・・・」
まだ翳みかかった意識の中で、オミは辛そうに、セフィリオにしがみ付く。
「・・・言えない、よ・・」
オミはセフィリオの首に腕を回したまま、ゆっくりと目を閉じて気を失った。
不安定な気の調整をするための、必須な休息なのだろう。
苦しそうな寝息ではなく、すぅ・・と静かな呼吸が聞こえる。
今度こそ本当に力の抜けたオミの体を、セフィリオは横抱きに抱え上げて、歩き出す。
「・・・私、勝ち目ないわよね・・・」
いつからか、眼中にさえなかった二人だ。
ルックはもうとっくにどこかへ消えてしまっていた。
「カスミ姉・・・」
「叶わない恋って、辛いわね」
少し照れたような、泣き笑いのような顔で言われて、サスケは慌ててそっぽを向いた。
「・・・辛い、よな・・・恋ってさ」
好きな人の前で泣くなんてかっこ悪いと思いながらも、今カスミの顔を見たら泣いてしまいそうで怖かった。

NEXT.....