*再一回*
1
ティントとクロムの村は目と鼻の先だ。
その2つの西に、ひとつ川が流れている。
「はぁ・・・、はぁ・・・・っ」
空はゆっくりと茜色に染まり、汗に濡れたオミの肌を厭らしくも朱に染めていた。
「なに、もう降参・・・?」
冷たいとしか言えないような、自分に向けられた声。
酷く顔を歪ませて・・・それでも、オミはなんとか体を動かした。
「・・・ま、さか」
冷たく、冷えていく心。
自らが望んだ相手に抱かれているのに、体が熱を帯びる度に冷え切っていく心は何故だろうか。
「そう」
意地を張ったオミに対しての言葉は、抑揚のない相槌ひとつきり。
どうして、こんなことになったのだろうか。
僕らはいつ、選択を間違えた・・・・?
「っ、いない・・・!ここにも」
クロムの村の中は、もう虱潰しに探していた。
オミの意識が戻ったのが、既に太陽が真南を迎える頃だ。
ナナミがくれた期限は、明日の明朝まで。
時間がない。
「・・・・」
それでも、後悔はしたくなかった。
だから、誰にも気付かれぬよう・・・・そっと村を後にした。
-----***-----
そもそもどうして彼はここに姿を現したのか。
自分を追ってきた。
いや、それはありえない。
彼の方から差し出した手を、一方的に離して行ったのだから。
「・・・・いつも、受ける側だったな」
その気持ちも行動も。
彼に関すること全て、自分はただ受身でいた。
もたらされる愛情と欲求。
自らは求めずに、ただ与えられたものを受け入れていただけだ。
最初はひどく嫌悪したものだが・・・・元々自分はそんなに綺麗なものでもない。
だから、どうでもいいから、差し出した。
欲しがられたからあげただけだ。
「・・・その、報いかな」
たった一つの真実でさえ、オミはまだ偽ったままだ。
自分の気持ちさえ、伝えていないのに。
素直になんてなれなくて。
それが僕らを違えた 理由?
会えたら何を言おうか。
まずお礼を言って・・・謝る?
騙していてゴメンナサイ。
軽蔑されることは確実でも。
嫌悪されて、罵られても。
「・・・・何されても、いいから・・・」
ただ。
「もう一度、会いたいよ」
パキッ。
乾いた小枝を踏んだ音がした。
「あれ・・・?森・・?」
ティントは比較的乾いた土地だ。
黄土の広がる大地にいきなり森などあることがおかしい。
そうなると、近くに水辺があると言う事だろう。
オミはテンプルトンにもらった水滸図を広げてみた。
方角は、太陽の位置と高度から割り出す。
「・・・ここか」
ティントとクロムの村から西に少し、直ぐ近くに川らしき絵も書いてある。
考え事をしているうちに、こんなところまで来てしまったらしい。
この先の村を抜ければグラスランドだ。
もし本気でオミから離れていく気ならば、躊躇いもなくここを抜けて行くのだろう。
焦らないように意識すればするほど、気持ちだけが先へと進んでしまう。
「ぅわ・・・っ?!!」
ズル・・っと足が取られた。
乾いたサラサラの砂にオミは自由を奪われたまま、斜面の下・・・丁度川の流れている場所まで落ちてしまった。
「・・・ぃたた・・・・」
「・・お前・・・?」
「っ?!」
強打した腰をさすっていたら、突然上から声を掛けられた。
慌てて上を向いて顔を確かめたが、太陽の逆光で表情は見えない。
けれど、探している彼ではないと直感が教える。
「・・・いえ、ちょっと足を踏み外してしまって・・・・・」
「・・・ふぅん?で、ちょっとマズイことになったな」
「?」
「あぁ、顔見られちゃ・・・どうしようもねぇな」
オミに声をかけた者以外にも何人かいたらしい。
ざ・・っと周りを囲まれて、オミは警戒しながらも様子を眺める事にした。
「おじさんたちは・・・何してる人?」
「昔はミューズで働いてたんだがな。王国兵に追われて来て見ればボロイ商売見つけてよ」
「おい。何べらべらしゃべってんだ?」
「かまわねぇよ、まだガキだ。12歳位か坊主?」
「・・・うん」
3つも幼く見られていることに腹は立つが、ここで正体を明かす訳にはいかない。
しおらしく頷くオミに、ピリピリしていた他の者も、ほっと息をつく。
「おじさんたち、何のお仕事してるの?」
自分でも寒気がするような声だが仕方ない。
そんな可愛らしい様子に、男たちも嬉々として口を開き始めた。
「この近くにティントって町があってよ、そこに逃げてたジェスって野郎が元ミューズの兵を集めてるって聞いてな。俺たちは兵士じゃねぇが、何人かの奴らは嬉しそうにその声に従った。けどよ、話を聞いて驚いたぜ」
「戦う敵はハイランドの兵士じゃなくて、ゾンビだって言うじゃないか!それに吸血鬼・・・俺たち普通の人間が勝てる相手じゃないよ」
「こっそり逃げ出した俺たちの仲間が、運悪くその吸血鬼に捕まってなぁ。怖くて必死で命乞いしたら、なんかあっさり離してくれてよ。でも、条件を突きつけやがった」
「・・・・条件?」
その話をさも初めて聞きましたと言うように怯えて見せて、続きを促す。
「高額の金をくれてやるから、ジェスを騙して連れてこいってな」
「・・・?!」
「そうそう。最初にあの吸血鬼に見つかった奴は力尽きて死んじまったが、それがあいつに火をつけたらしい」
「・・・・・だから、嘘の情報を流して・・・見ていたっていうの?」
「そうさ。けど見つかるとヤバイだろ?あいつらの中には俺たちを知ってる奴もいる」
「もしそいつが生きてて、俺たちの足がつく前にとっととグラスランドにでも逃げようと思ってね」
飄々と言い切る彼らを、オミは信じられない面持ちで見た。
たった数人の裏切り。
それだけで、あの何百を超えた人間の命が終わったのだ。
何の罪もないティントの住民をも巻き込んで。
「・・・その人たち」
「ん?」
「その、貴方たちが騙した兵士たち、どうなったか知ってる?」
「さぁな。知るかよ」
「死んでてくれりゃ万々歳なんだけどなぁ」
「・・・っ!」
げらげらと笑う彼らに、つい、握り締めた手に力が入ってしまった。
どれだけ腹が立っても、一般人に手を上げれば相手がどうなるか、それ位わかっていた。
オミの腕は、生半可なものではないから。
この怒りを、ぶつけてはいけないと・・・・。
考えたけれど。
「こんな怒り・・・・抑えきれる訳なんかない!!」
「うわ、なんだコイツ!」
体当たりのように当身を食らわせて、真正面にいた男を地面に転がした。
そのまま転がって、囲まれていた包囲から抜け出す。
素早く立ち上がって、腕に抱えていたトンファーを握り締めた。
そのオミの素早さを目の当たりにして、男たちはたじろぐ。
「その人たちは、全員ネクロードにゾンビへと変えられてしまったんだ!あんたたちの仲間だった人たちも全部だぞ?!それが・・・そうなった理由が、そんなくだらない事で、お金なんかで・・・・・・・あれだけの命が消えたって言うのか?!!」
視界が酷く歪んだ。
でも、叫ばずにはいられなかった。
ぼろぼろと零れ落ちる涙をそのままに、オミは彼らを睨み付ける。
その時、地面がボコリと盛りあがった。
「ひぃいいっ!!!」
「で、出たぁッ!!」
幾つも幾つも盛り上がる土の山。
泥に汚れた彼らの衣服は・・・・・・今目の前で怯えている彼らと同じもの。
罠にはめられて死んだ、あの兵士たちなのだろう。
「・・・元、ミューズの貴方たちの仲間じゃないのか?彼らは」
「仲間だと?!こんな化け物と一緒にしないでくれ!」
腰を抜かして唾を飛ばしながら叫ばれた言葉に、オミは酷く顔を歪めた。
今までの身を焦がすような怒りは静かに収まって、今は・・・・悲しみがそれを包んでいた。
「・・・・死体になっても使われて、化け物扱いまでされて・・・こんな悲しい事ってないよ・・・」
ウゥゥウウウ・・・・・・。
もう、話す事さえ出来ない。
その唸り声に、オミは静かに微笑んだ。
「・・・もう大丈夫。眠っていいから・・」
構えていたトンファーを下ろし、すっと右手を水平に伸ばした。
「・・・!」
溢れ返る、光の渦。
吸血鬼に汚されたその身を、せめて浄化出来れば良いと。
「ゥ・・・ァア・・・」
光に照らされた彼らの身は、ゆっくりとその体を土に返し始めた。
全てのゾンビを浄化し終えて、オミは静かに目を閉じる。
まだ、涙は止まらなかった。
「・・・いまだ!」
「?!」
抵抗する暇さえなく、警戒を解いていたオミはまんまと地面へ押さえつけられていた。
大の男に数人掛りで自由を奪われれば、幾らオミと言えど逃げ出す方法はない。
「どっかで見た事あると思ったら、お前新同盟アルジスタ軍のオミじゃないか」
「その真の紋章、見た事あるぜ。ゲンカク師範の息子だって本当なんだな」
彼らはミューズの市民だ。
昔の事とはいえ、ジョウストンの丘がある町に住んでいた彼らが、この紋章を知らないはずがなかった。
「・・・く・・っ」
「何にも知らねぇガキならともかく、軍主さまじゃなぁ。仕込んで売る事もできねぇ」
「ッ!」
男の言葉に、オミの体がびくりと震えた。
「んー?どうした?何をびくついてんだ?」
「期待でもしてんのか?・・・ほっせぇ腰。売ったら高値がつくだろうにな」
勿体無いと、呟く彼ら。
もう、オミはその言葉の半分も聞こえてはいなかった。
「・・・売・・・る・・・」
嫌な記憶が蘇る。
幼い頃の記憶は、そう簡単には消えてなどくれないのだから。
「こんな所どうせ誰も来ねぇし、最後のお楽しみでもしてあげましょうかね」
死ぬ前に、やってやるよ。
「男だろ?わかってんのか?」
「構やしねぇって。これ位のガキなら不細工な女より高値で売れてんだ。まして・・・」
うつ伏せに押さえつけられていた体をそのまま、髪を捕まれて顔だけを上げさせられる。
「これだけの顔してんだ。不快ってことはねぇよ」
オミは先ほどから一切抵抗を止めていた。
こんな状況に慣れている・・・その為か、どうすればすぐ終われるのかも分かっていた。
抵抗せず、されるがままじっとしていればいい。
こいつらは館の人間じゃないから、満足なんかさせなくても関係ないだろう。
抵抗なんて、やつらを喜ばせるだけなのだ。
「・・・・ヒュー、良い体してんじゃねぇか」
もう、どうでも良かった。
会いたかったけれど。
この蹂躙の後は、顔を見たとかまたそういう簡単な理由で自分も殺されるのだろうと。
「・・・ごめん」
ただ、謝れなかった事だけが、後悔として頭に過ぎった。