*The given life.*
1
「見つけたぞネクロード!!」
扉を大きく開け放って、オミは叫ぶ。
その横に居るのは・・・・ナナミのみ。
ふたりは中へ駆け込むと、そのままネクロードに向かって走り出した。
ティント市内、教会の十字架の下。
そこにネクロードはいた。
少女の首をつかんで、さも襲う寸前だったようだ。
「リリィちゃん!ロウエンさん大丈夫?!」
ナナミが飛び掛って、リリィを助け出す。
「・・・・なぜ、ここに?!」
「パイプオルガンを弾くのが趣味なんだって?」
こんな鉄鉱を扱う町の中で、そんな物がありえるのはこの教会のみだ。
「たった・・・2人で私に勝てるとでも?」
「・・・思ってないさ。みんながここを見つけるまでの時間稼ぎが出来ればいいんだから」
それに、戦うのは僕一人だ。
そういって、オミはトンファーを構える。
ピリ・・ッと張り詰めたようなオミの気迫に、ネクロードは驚くと共に感嘆の声を上げた。
「そういう威勢の良さ・・・。良いですね。私は淑やかで慎み深い女性が好みなんですが・・・いいでしょう」
ナナミは、リリィとロウエンの保護にあたっている。
ネクロードの余波が届かない場所に逃がすつもりなのか、今は姿が見えなかった。
「・・・本当に一人で私に向かう気ですか?」
「そうだ」
睨みつけるようなオミの視線に、ネクロードは嬉しそうに笑った。
この吹き付けるような気迫が、なんとも心地よい。
「そうですか・・・そんなに私のものになりたいのですか・・・っ!」
「く・・・っ?!」
急にネクロードの眼光が鋭くなり、バチバチと赤い雷のような電流が身体中を走った。
吹き付けられたそれに、オミはトンファーで庇おうとするが、それさえも間に合わない。
「うぁぁあああっっッ!!!!」
体中を走った電撃は、そのまま締め付けるようにオミの身体を縛り付けた。
具体化した雷はギリギリと、オミの肌を締め付ける。
身動きを封じられたばかりか、締め付けて肌に食い込む度、電流が身体の中を侵食していく。
「いいですねぇ・・・その格好。そして、先日お会いした時より随分と艶が増しました・・・。まるで夜露に濡れる咲いたばかりの月下草のように清冽で・・・貴方こそ私の妻となるに値する人間だ」
「さ、わるな・・・っ!」
荒い息を繰り返したまま、伸ばされたネクロードの手をかわそうと身を捩るオミ。
「可愛くないですねぇ・・・。これから夫になる私に向かってなんという口の聞き方」
躾直して差し上げましょう。
「ッ?!!!!!!」
ス・・・と目を眇められた瞬間、締め付けていたそれは一気に力を増して肌に食い込んだ。
「ぁ・・・・」
今まで必死に立っていたオミも、流石にもう立ってなどいられない。
目を見開いたまま力なく膝を付き、そのまま地面に倒れ付した。
そこには、肉の焦げる匂いと、甘ったるい血の匂いが微かに漂っていた。
清浄なる、潔癖なる御魂を持つ者だけが有す、なんと濃厚な甘い香りのする血液。
舐めてみたら・・・病み付きになるだろう、その味。
思わず、ネクロードは喉が鳴るのを自覚した。
「・・・・美しい。月の紋章よ。我妻に、永遠を・・・・」
倒れたオミの顎に手をかけ、露になった細い首筋に・・・・そっと牙を立てる。
ドンッ!!!!
「?!」
突然、空気が黒く染まって爆発した。
慌てて飛びのいたネクロードだが、何が起きたのか良く分かっていない。
「・・・・貴様・・・」
「おい、こら一人で突っ走るな!!」
黒い煙の向こうから、そんな声が微かに聞こえてくる。
「・・・・・セフィリオ・マクドール?!それに、また貴方ですかビクトール・・・」
「よぉネクロード。ここがお前の墓場だぜ!」
怒りに我を忘れたセフィリオの腕を掴んだまま、ネクロードにそう言ったのはビクトールだ。
「おんし・・・。もう少し位待てんのか。せっかくのオミの努力も全部水の泡になるところじゃった」
「シ、シエラ長老?!」
「久しいの、ネクロード。わらわから盗んだ紋章、返してもらうぞえ」
シエラはそうにこやかに微笑んで、ス・・と右手を上げた。
「蒼き月の紋章よ。今しばらくその力、眠りにつけ」
正当なる所持者の言葉に、ネクロードの右手で輝いていた光がゆっくりと消え始めた。
「わ、私は、ここで倒されてもまだ・・・っ!」
「『現し身の秘法』なら封じさせて戴きました」
ナナミと一緒に十字架の下辺りから現われたのは、カーンだった。
その瞬間、ネクロードが居る地面を中心に、巨大な魔法陣が姿を現した。
「マリィ家の・・ッ?!な、何故だ・・・!!」
「私たちは祖父の代から貴方を倒す為だけに生きてきた一族です。これ位はやってみせますよ」
「さて、逃げ場はもうなくなったぞえ?紋章をわらわに返す気になったか?」
「か、返します!だから長老、命だけは・・・」
すんなりと右手を差し出して、シエラに紋章を移した。
真の蒼き月の紋章。
全ての悲劇の始まりの紋章は、始祖の右手の甲で、再び輝きを取り戻す。
「さて、あとはおんしらの好きにしてよいぞ」
「そそんな長老!!!」
「もう、逃げ道もない。観念するんだな!!」
ビクトールの啖呵に、ナナミやカーンがじり、と足を進めた。
「に、逃げられない・・・なら、皆殺しするまでだ!!」
全員に囲まれて逃げ腰になっていたネクロードだが、逃げ道がないとわかると急に襲い掛かってきた。
「うわぁあ!」
「おのれ、おのれぇ〜!!」
死の恐怖で狂ったとしか言い表せないネクロードの様子に、今まで強気だった面々も少し引く。
その中で、セフィリオはス・・・と前線から離れ、未だ倒れたままのオミの傍に跪いた。
「・・・オミ、オミ?」
肌に食い込んでいた雷は、シエラが紋章を封じたと共に消滅していた。
けれど肉を裂き焦がして、その身に流れる血液に直接電流が触れた時、人間が生きていられるのかどうか。
殺す事はないと、頭のどこかで安心していた。
オミを妻に欲しがるぐらいなら、殺しはしないと。
けれど相手は人間の範疇からあふれ出た吸血鬼。
何百年と人間を殺し続けてきた外道だ。油断していたのかもしれない。
「僕を見て・・・オミ!」
腕に抱き、軽く揺すって、頬に付いた血を拭う。
流れている血はそう多くないが、抉れた肌が焦げて、ひどく痛々しい。
オミの目は焦点を失ったまま、ぼんやりと開かれたままピクリとも動かない。
・・・動かない。
腕の中で、冷たくなる身体を、今まで、何度・・・そう、何度。
抱いただろうか。
やはり近くに居ては駄目だったのではないか。
ふわりと熱を帯びる右手の紋章に、ひどい嫌悪を感じる。
また、奪われる。奪ってしまう。
紋章に、とても・・・とても大事な人を。
『大丈夫だから』
あの時の笑顔・・・オミは自分の全てを知っていた?
守りたいと、思う事すら叶えられない願いなのか。
全てを終わらせたら、死んでもいいと言ったオミの言葉は、ここで終わってしまうのか・・・?
「死ぬ・・・?」
見開いたままの瞳を、そっと手の平で閉めてやる。
腕に抱きしめているのに、その鼓動が小さく、とても小さく・・・戦場のこの場では聞き取れもしない。
「嘘だ・・・・また、オミの得意な」
嘘。
そんな嘘ばかりつくオミは、キスを嫌がらなかった。
だから、ゆっくりと塞ぐ。
静かに、ただ静かに。