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ストレートな攻めに5のお題 (お題配布:『キミの記憶、ボクの記憶』 様)
>>元拍手:セフィリオ編

01.「好きだよ」キミは照れたように目をそらす




柔らかな昼下がり。
暑いだけの空気も、最近ようやく暖かい程度にまで下がってきた。
旅をするなら、これくらいの温度が丁度いい。
あぁ、でも。
「・・・もっと寒くなれば、それはそれで楽しいかもな」
「はぁ?何言ってるんですか?」
街から街へ、村から村への移動中。日が昇りきったのを合図に手持ちの食料で簡単な昼を過ごす。
誰も居ない木陰に座り込んで、食べながら隣の身体に凭れかかる。
「・・・ちょっと」
「うん?」
「・・・重いです」
「うん」
暑い日には暴れるほどの抵抗と共に近寄るなと文句を言われたけれど、今はそれより柔らかな拒否。
口では文句を言うけれど、身体を預ける俺への拒絶は見られない。
だから、少し調子に乗ってみよう。
「って、今度は何ですか!?」
「食休みついでに、少し昼寝しないか?」
凭れていた身体をずらして、地面に投げ出されていたオミの脚に頭を降ろす。
「あのですね!一応、ここは道のど真ん中で、誰が通るか分からないんですよ?そんな所でこのまま寝れる訳が・・・」
「通らないよ」
「・・・何処から来るんですかその自信は・・・」
はぁ、と深い溜め息が俺の前髪を揺らす。
抵抗を止めたオミに小さく笑いながら、両腕を伸ばして細い首を抱き寄せる。
「っちょ、何ですか、苦し・・・」
「好きだよ」
「・・・ッ」
少し苦しいだろう体勢で引き寄せた俺を睨むように見つめていたオミの瞳が、驚いたように揺れて、その後慌てて反らされる。
「・・・、も、離してください・・・!」
視線は俺からそらしたまま、叫ぶように告げるオミの願い通りに腕を放してやると、近かった顔の距離がぐんと離れる。
ぎりぎりまで背けられた頬は、少し赤い。
「ん?オミは?」
「・・・し、知りません・・・っ」
幾ら抱きしめることに、口付けることに、肌で触れ合うことに慣れていても、オミはこういった直接的な言葉を中々受け入れない。
それでも、膝に乗せた俺の頭をどけようとしないところを見れば、オミの返事は俺に伝わったようなもので。
「そう。嬉しいよ」
「何も言ってませんから!」
くすくす笑う俺に、更に顔を赤くしたオミが怒鳴る。
本当に、吐かれる言葉は素直じゃない。
けれど、その行動は、俺との距離を突き放そうとはしない。だから、こっちがオミの本音。
何時まで経っても慣れなくて、照れてくれるその表情が好きだと言ったら、君は何て言うのかな?
「好きだよ」
今度は赤く染まった頬に滑らせて、柔らかく囁く。
「・・・そうですか・・・!」
生憎、返された返事は寂しいものだったけれど、その表情が見れたからこれで許してあげよう。

2007/09/01 up





02.強引に繋いだ手




右手に刻まれた、永遠を約束する『ソレ』。勿論、良い意味の永遠じゃあない。
他人の命を喰らいながら継承者に永遠の孤独を与える呪い・・・とでも言えばいいだろうか。
不死ではないけれど、その身に宿せば不老となる。
時間の流れから外れた者は同時に自然の流れからも弾かれてしまうということで、普通に時間を重ねて生きていく者達から次々に置いて行かれる側になる。ということ。
大切な家族でも、仲間や友とも、腐れ縁とも。ちょっと知り合っただけの者達も、全て。
彼らは穏やかに年を重ね、自然の流れの中で老いて死ぬ。そして、年を重ねることを忘れた俺はこの世界に置いて行かれる。
「・・・ん」
開け放ったままの窓から流れ込んできた夜風に、微かに裸の肩を震わせた身体が、熱を求めるように擦り寄ってきた。
起きている時は熱いだの鬱陶しいだの、少しでも長く触れていれば恥ずかしさからか拒否と共に冷たい言葉しか吐いてくれないけれども。
眠っている時だけは昔から素直で、普段突き放す態度が嘘のように体温を求めて擦り寄ってくる。
榛の瞳を覆い隠す瞼は長い睫毛を降ろして、同じ色の柔らかな髪が清潔なシーツの上に流れるように広がっていた。
共に過ごした時間を表すように。離れていた時間を見せ付けるかのように。
「・・・オミ」
お互い、外見は全く変わらない十代の子供のままだけれども、この姿でもう十年以上は生きている。
自分と同じくこの腕の中の存在もまた、時の流れから弾かれた紋章継承者なのだから。
「オミ・・・オミ・・・」
擦り寄った身体を抱き締める。
それだけで、身を襲うような孤独が癒されていく。
傍にオミが居てくれる。ただ、それだけで全て許されたような気がするのだ。
もしかしたら。
十数年前の戦争の時、オミが紋章を一つにしていなければ。
あの頃のオミの願い通り、彼の親友と、血の繋がらない姉と、幸せそうに笑う未来が訪れていたのなら。
この腕の中の存在は、時の流れから弾かれることもなく、今のこの場に居なかったかもしれない。
そう思うだけで、身が震えた。
もしもと考えるだけで、現実ではないとわかっていたのに。
それでも。
オミをこの腕の中から離してしまいたくなくて。オミが悲しむとわかっていて。
強引に、自分と同じ時間の外へと連れ出した。
「ごめん・・・」
何度となく告げた言葉。
「・・・ありがとう」
何度となく、紡いだ感謝。
オミは責めないのだ。これは、自分が選んだ道の結果だと、セフィリオに非はないのだと。
オミとは違い、セフィリオの紋章は他人の命を糧にする死神の鎌。
オミの親しい者達を食い尽くしたかもしれないというのに、それは違うと、オミは笑ってくれるから。
柔らかな髪に唇を埋めれば、擦り寄ってくる身体に力が入った。
ほんの少しだけだけれども、抱き締めてくれるような、腕に篭った強い力が。
「・・・オミ?」
起こしてしまったかと思ったけれども、オミの瞼は上がらない。
もし起きていたとしても、オミが目を開けることはないだろう。
だから余計な言葉は言わなかった。
感謝も、懺悔も、オミはいらないと首を振るから。
ただその代わり。
決して離れないように、紋章が刻まれた手を取って絡め、全ての想いを込めてキスを一つ、落とした。

2007/10/09 up





03.素っ気無い言葉




賑わう市場の真ん中を、さまざまな視線を受けながら歩いて行く。
うぬぼれているわけではないけれど他人から自分がどう見えているか知らない俺ではない。
もう十三〜四年以上も前の解放戦争時代にも、この顔はとてつもなく役に立ったのは認めよう。
基本的に使えるものは使う方だし、容姿の如何でわざわざ人に隠すのも変な話だ。
ちらちらと、あるいはあからさまに向けられる視線にも、生まれた時からのことなのでもう慣れてしまっていた。
まぁそれは、『俺は』・・・の話らしいけれど。
「・・・セフィリオ」
呼び声にちらりと視線を下げれば、少し俯きがちに隣を歩くオミが居る。
出逢ってお互いに惹かれ合って、二年ほど。戦争の渦中の中で、俺たちは互いにお互いが居なくてはならない相手となった。
けれどそこから十年。都市同盟軍勝利の下、建国したアルジスタ国の王として立場を変えたオミと、隣国の『英雄』と呼ばれていた俺であれ、『王』と『一般市民』の隔たりが生まれてしまった。
オミの周りに居た人物たちは気にせず、俺たちを受け入れてくれただろう。けれど、内情を知らない兵や民、近隣諸国の代表たちがどう感じるか。
今は平和だとしてもこの先、国と国とがぶつかる時、俺たちの立場はとても危ういものなのだと、分かっていた。
同性だからというのは、もうどうしようもない問題だけれど、『立場』や『地位』ならどうとでもなるものだ。
 会えない時間はとてつもなく辛かったけれど、その時間をかけてさえどうしても手に入れたかった今の地位だ。
「ん?どうしたのオミ。可愛い顔が強張ってるよ。歩くの疲れた?どこかで少し休もうか?」
大人しく隣を歩いているけれども、先ほどからオミは元気がない。
俺の言葉に小さく溜息を零して、少し睨みつけるように視線を上げる。
呆れたように細められ、微かに伏せられた視線は、なおさら瞳の強い光を際立たせてしまうようで、なんとも言いがたい色気を誘っているのだけれども。
「いえそうじゃなくて。・・・放してくれませんか」
オミは、人前での接触を酷く嫌がる。二人きりの時でも昔は嫌がられていたものだが、今では素直に抱きしめさせてくれるようになったのに。
昔と比べて、容姿は変らないはずなのに、余計中性的に色気を増したオミは、ざわりと揺れた人々の視線の意味に気付かない。ただ、恥ずかしいから嫌だと、身を捩って俺の腕から抜け出そうとする。
「駄目だって。オミ、自分の立場の自覚ある?護衛が離れるわけにはいかないよ」
「でも!だからと言ってこんな体勢で歩くことないですよね!?」
そもそも、人が多い市場で、今まで恥ずかしいのを我慢していたらしいオミが可愛いと思ってしまうのだけれどそれはそれ。
俯いていたオミが顔を上げたことに、更に視線が集まってしまった以上、うかつに離れられなくなった。
「わからないよ。どこで何が起きるのか誰も予測なんかできないしね。それに・・・オミは無自覚だから。この手を放したらすぐ何処かへ連れて行かれそうで怖くてそんなことできないよ」
「・・・はぁ」
やっぱり、わからないと言った風に曖昧な同意を返して、それでも『護衛』という名目に、腰に回る腕は認めてくれるらしい。
一気に怒気の抜けたオミはぼんやりと、二人きりのように自然に身体を寄せて来る。
もちろん無意識だとは分かっている。オミの『王』としての立場と、その『護衛』という俺の立場からして、腕の中が一番安全なのはオミもよくわかっているから。
だからと言って、緊張と解いた瞬間に凭れ掛かって来るのは、オミの無意識の『恋人』としての甘えだ。
それがまた、嬉しくて。・・・・愛しくて。
ちゅ・・・と、小さな音を立てて、目尻の横、こめかみへとキスを一つ。
「愛してる、オミ」
人とは不思議で、愛おしいと思った対象には無意識に唇で触れたくなるものなのだ。
頬や唇を我慢しただけ褒めて欲しいところだけれど、腕の中のオミは一瞬で硬直し、途端真っ赤に顔色を変えた。
二人きりの時のキスにはもう恥ずかしがる素振りを見せてくれなくなったのに、やはり人前では昔のままの可愛い反応だ。大慌てで腕の中から逃れて、数歩の距離を取る。
「な、何するんですか!」
「別にいつもしてることじゃないか」
「視線を気にして下さいよ!恥ずかしくないんですか?!」
「隠すことじゃないし。牽制にもなる。・・・そんなに嫌がられると、余計煽る気もするけど・・・」
というか、口論している現状、視線を集めてしまうのは仕方ないことだと思うけれども。
ざわざわとにぎやかな市場だと言っても、オミの声は澄んでいて良く通る。耳障りでないからこそ、自然と耳に入ってくるのだ。
さて、オミの機嫌を戻すための問題は、先ほどよりも増えてしまった好奇の目をどうやって逸らすかだ。
オミは俺のものなのに、じろじろと見られて気分が良くなるはずもない。
「何が言いたいのかわかりませんけど、こんなことされるなら余計に近寄れません。触らないで下さい」
向けられる視線にさりげなく牽制を示しつつ、オミに視線を向けても相変わらずの素っ気無い言葉。
「寂しいこと言わないで。俺はただオミが好きだって言いたかっただけで・・・」
「だ、からって・・・人前では止めて下さいってもう何度目ですか・・・!もうセフィリオなんて知らない・・・!」
あぁ、結局怒らせてしまったようだ。こうなってしまえば、オミはもう俺の言うことなど聞いてはくれない。
つんと背を向けて歩き出してしまったオミから離れないよう付いて行きつつ、それでも苦笑が漏れるのを抑え切れなかった。
このくらいの詰り言葉は聴きなれてしまえばもう、オミからの精一杯の睦言に聞こえてしまうのだ。
素っ気無く冷たい言葉を吐きながら、それで俺に嫌われてしまうのを怯えるような、曖昧な心の葛藤が目に見えてわかってしまう。
つれないのは寂しいのだけれど、それも嬉しいと思う俺は少し・・・いや大分危ないんだろうけれど、まぁ、今更だ。
「・・・分かった悪かった。もうしないから怒らないでよオミ。愛しているのは本当だよ」
「・・・・」
「オミ、好きだよ」
「・・・・」
「愛してるから、嫌わないで」
予想通り、言葉は一つも返っては来ない。冷たい態度はいつも通り。けれど、オミは基本的におおらかで穏やかな性格をしている。人に対してこんな態度を取るのは、俺の知る限り俺だけだ。
だからこそ、嬉しい。
冷たい態度は、オミの俺に対する甘えで、愛されていると理解しているからこそ出来る態度なのだと。
冷たくされて嬉しいなんて、確かに俺はオミの言う通り変かもしれない。
だけど、触ることも抱きしめることも、あまつさえ近づくことも出来ないなんて、寂しくないわけでもないから。

二人きりになれる宿を見つけたら、思う存分抱きしめさせて貰うとしよう。

2009/03/25 up





04.疑うわけじゃないけれどそんなに自信もないわけで…




入る道を間違えた。
そう気付いた時はもう、すでに手遅れ。
薄暗くなり始めた街の片隅で、比較的明るい道を頼りに宿屋を求めて歩いて居た時、それは起こってしまった。
「・・・うん、でも宿を探してるところだから」
きらきらと、ふわふわと。
綺麗に着飾った歳若い女の子たちが、わらわらと腕を引こうと近寄ってくる。
あからさまな視線にも、積極的に話しかけて来られることにも慣れてはいたが、ここまで強引で、しかも集団は初めてに近い。
オミと二人、連れ立って歩いていると、オミのことを女性だと勘違いしてくれる人が大半だった旅の中でも、流石に商売女たちには通用しなかったらしい。
彼女たちは自分の魅力で生きているようなものだ。金を落とす『男』を見間違えはしない。
目ざとく『男同士の二人連れ』と見抜いた彼女たちは、我先に自分の組する宿へと連れ込もうとしてくる。
幾ら女の子であろうとも、オミにべたべた触られるのはいい気がしない。
最初の突進時に反射で背後に庇ったから、必要以上に触られてはいないだろうけれど、それには仕方なく俺自身が盾になるしか道は残ってはいなかった。
迷惑だとはいえ、相手は女性だ。手を上げる気にもなれなくて、柔らかく抵抗していると徐々に勢いが増してしまった。
「だから、僕らは相手出来ないよ。客にはなれない。だから離して欲しいんだけど」
断り言葉ももう尽きてきた。腕を引く女の子たちは、あからさまに身体を押し付けてくる。
こんなに積極的に迫られたら普通の男はぐらっと来るだろう。
オミにやられたら俺も簡単にぐらっとくる。確実に。
と、微かに後ろを振り返ってみる。
壁と俺に挟まれたオミは、誘い言葉をかけてくる女の子たちへ俺以上に柔らかい言葉で断りの言葉を繰り返していた。
オミの綺麗なさらさらの髪に触れて、頬を染める女の姿にイラっと感じてしまうのに、オミは先ほどから口説かれている俺の様子にはそ知らぬ顔だ。
目の前で恋人が迫られているというのになんとも思っていないようで、それが余計に寂しい。
じっと見つめていれば、視線に気付いたのかオミも顔を上げて視線を重ねてくれる。
そこに浮かぶのが嫉妬であれば歓喜に震えただろうに、残念ながら軽い疲れと、呆れた色だけだ。
花街・・・色町というのが正しいのか、流石にここの通り名はわからないけれど。騒ぎに乗じて増えて行く女性たちの行動は、余計に酷く手荒になっていく。
まぁ、基本的に旅人は好まれる場所で、俺たちの身なりは身軽ではあれども粗末なものではない。どちらかといえば上質な拵えではある。
わかっていることであえて付け足すなら、オミと俺の、この容姿だろうか。
中身は目の前の少女たちより年上なのだが、見た目同年代の青年、少年がこの場へ来るのも珍しいのだろう。
いい加減、うんざりしてきた俺の腕を、無理やり数人掛りで強く引いて歩き出そうとする。力の差がないわけでもないが、オミをぼんやり見つめて油断した俺はよろめいた。
腕を引かれて一番焦ったのはオミと引き離されてしまうことだが、それは小さな悲鳴で免れる。
人並みの中で力任せに俺を引っ張ったせいで、その近くに居た少女が弾き飛ばされてしまったらしい。
こんな場で倒れてしまったらそれこそ蹴られて踏まれるだろう。そうすれば、少女と同じ店の女たちも黙ってはいない。店同士の対立か知らないが、今まさに張り詰めていた糸が切れようとしていた。
けれども。
「・・・大丈夫?」
倒れかけた少女を抱き、受け止めたのはオミの腕だった。
オミも十分華奢な身体つきをしているのだけれど、流石に少女よりは少年だ。
武道で鍛えた腕もひ弱どころか強靭で、実際護衛の俺は必要ないほどに腕も立つ。
今までオミに興味を示してさえ居なかったその少女も、抱きとめ、助けてくれた腕には流石に頬を染める。
小さく大丈夫と答えた少女にオミは柔らかく微笑んで、あんなにも煩かった甲高い声をぴたりと沈めてしまった。
「・・・なんと言うか、オミ。流石だ」
「何を言ってるんですか。・・・今のうちに行きましょう」
多少手荒に掴まれた腕を振り解いて、人並みの中に細い隙間を見つけ、オミの手を引き走り抜ける。
突き飛ばしはしない程度に押しのけてその波を乗り切ってしまえばもうこの足について来れる女性などいない。
振り切った次いでに街まで出てしまったけれど、今更戻る気にもなれなくて、二人して休む場所を探す。
どうにか腰を落ち着けて、眠る体勢を取ったところで俺はオミの腕を引いて脚の間に閉じ込めた。
移ってしまった女性の匂いにまた少し苛々されながらも、ぎゅうと抱きしめれば伝わる慣れた体温にほっと息を吐く。
「どうしたんですか・・・セフィリオ?」
オミが女性へ触れる時、どうしても怖いと思ってしまう気持ちは消えてはくれない。
所詮俺たちは同性だから、いつかオミは自分より大きな男ではなくて、小さくて柔らかい女を選んでしまわないか。
不安で堪らなくなるのだ。
「セフィリオ」
不安を現実に変えてしまいそうで、声にはだせない。出せないからこそ、ただオミの身体を抱きしめる。
愛されているって分かっている。オミは俺が好きだって、自信を持って言えるのに。
「・・・今日はこのまま抱きしめさせて」
嫉妬さえしてくれなかったオミの心変わりを恐れて、俺はただ目の前の身体を抱きしめることしか出来なかった。

2009/03/25 up





05.最初で最後でいいから答えてくれないか?




手紙を送りたいと言ったオミに付き添って、比較的大きな町へ向かう。
連絡手段は結構あるけれど、一番確実で安全なのはやはり信用の置ける者に渡してもらうことだろう。
城から遠く離れたこの街でも、やはりオミの国土には間違いない。
兵たちは王の顔まで知らないようだが、何故か俺の方はちらちらと知られているようだ。長年前線に居たからか、名前だけは兵士の間で一人歩きしていたらしい。
とはいっても、同じ場所に長い間居たわけではない。
何年経とうと容姿の変らない人間など、普通はいないのだから。ばれない程度に、居場所を変えてやってきた。
「セフィリオ?終わりましたよ」
俺の名前を使って、城への通達に手紙を紛れさせるのは別段難しいことではなかったようだ。
オミのことを国王陛下だと気付いていない兵士たちは、オミを俺の世話係かなにかと勘違いしたようで、それでも扱いは丁寧だったから俺もオミも黙認した。
普段は肩を降ろしているアルジスタ国の徽章が縫いこまれた服も身に着けて、市庁舎の中を歩く。
「・・・何だか、違和感あるな」
くすりと、斜め後ろから聞こえる声に振り返れば、少し照れた様子で付いてくるオミの姿がある。
「オミがそんな格好をしているからだよ」
「だって動きやすいんです」
オミの分の荷物も持っている俺のことを訝しげに見る視線もあるが、オミを見て、見つめて納得したように反らされる。それも、名残惜しそうに。
「・・・早く出よう」
「何でですか?僕、こういう所も見て回りたくて城を出たんですけど」
オミは気付かない。自分に向けられる好意に、ほとんど鈍いほどに気付かない。
先ほどの視線はオミの立場をまたも誤解・・・いや、間違いではないけれども、理解してくれたからだろう。
オミは俺を世話する付き人でもなんでもなく、恋人か伴侶かと思ったようだ。容姿こそ変らない子供のままでも、成長した内面の穏やかさがオミの雰囲気をとても柔らかく暖かで癒されるものに変えている。
長く伸ばした髪も、ちらりと見える白く細い腕も、確かに男にはないもので。それをさらに外套で隠しているものだから、隙間から覗く身体の華奢さに、儚さに、目を奪われてしまう。
見惚れるのは自由だが、あまり見られたくないとも思う。
わがままなことだとは思うけれど、誰にも渡す気などないのだから、他の男の視線から守ってもいいはずだ。
「・・・また機会があるよ」
「・・・そうですね」
苦笑気味に返せば、オミも少し考えたあと、小さく頷いてくれた。
深夜の花町の件以来、オミは人前で触れることを嫌がらなくなってくれた。あからさまな接触はやはり嫌がるが、それも一瞬で、離さずにぎゅっと握り締めれば、諦めてくれるようになったのだ。
らしくなく不安になっている俺に気を使ってくれているのか、苦笑しつつも俺の我がままを受け入れてくれる。
「セフィリオ」
「ん?」
「・・・ちょっと、人の居ない場所、行きましょうか」
 一瞬夢かと思った。
オミからの誘い言葉なんて、そう滅多にあるものじゃない。俯いて、少し恥ずかしそうに言ったオミの仕草にぐらりと来るが、向けられた視線に慌てて空咳を零す。
「別にそんな意味はないですからね」
「真顔できっぱりと言わなくてもいいじゃないか・・・」
けれど、早々と市庁舎を後にしたかった俺はオミの腕を引いて、人通りの多い街から早足に静かな方へと進んでいく。恐らく夜には再びこの街に泊まることになるとは思うが、まだ日が沈むには時間もあるだろう。適度な草原を見つけて、二人で腰を下ろす。
昼下がりには遅く、夕方には早い僅かだけれども心地よい時間帯。つい最近まで暑くて堪らなかった風は温度を下げて、さわやかな波が髪を梳いていく。
「突然どうしたの?そういう意味がないなら余計に」
「・・・あのですね。セフィリオみたいに四六時中そんなこと考えてませんから普通」
呆れたようにじと目で睨まれるけれど、オミは怒った時の方が色っぽい。俺の一番好きな強くて綺麗な視線がなおさら色味を増して艶を出すから。
「何を笑ってるんですか?」
「・・・いや、うん。ごめん」
軽く丘になっている場所で、冷たい笑顔から逃れるようにごろりと仰向けになる。これから暗くなる草原の上で、無防備に寝転がれるのはそれなりに腕に自信があるからだ。このぐらいの時間が実は一番怪物の被害が多いのだ。
おそらく、今からここに近づける旅人は居ないだろう。
それを踏まえてオミに手を伸ばせば、膝を着いて素直に手を握り返してくる。
「で、結局どうして?」
 握り返された手に更に指を絡めて、細い指先をなぞる。
微かに逃げようとしたけれど、強く引いて促せば、オミも俺に習うように視線を合わせて、草原に寝転がった。
「勘違いだったら、すみません。でもセフィリオ、何だか人目に疲れているような気がして」
 ・・・少し、驚いた。
疲れていなかった訳ではない。確かに、オミへ向かう秋波を牽制するために、一体どれだけ冷たい笑顔を振りまいたやら。・・・いや、ある意味オミと人前を歩く時には、きっと俺との接触を、人目を気にして恥ずかしがるオミ以上に神経を張っているのだろう。
「昔ほど、戦いに慣れているわけじゃないですし、僕が気付かない危険とか、気を張ってくれているのは良くわかります。でも、少し、気を張りすぎかな、とも思うんです」
草木の香りにふわりとオミの匂いが混じる。
「セフィリオ、知ってますよね?僕は、それほど、弱くも脆くもない。立場を考えたら、素直に守られていろとまた怒るかもしれませんけど、僕はセフィリオにとって、後ろで守られるだけの存在じゃ嫌なんです」
 未来永劫、時に縛られた身体。
愛して、愛された相手が、同じ呪いを受けたのは、運命か、天命か・・・。それとも、望んだ我が道か。
「守られる後ろではなくて、セフィリオ。わかりますか?
僕だって男だ。大切な人なら守りたい。せめて同じ目線で、隣に立って居たい・・・・この意味、伝わりますよね」
触れ合っているのは指先だけなのに、抱きしめている以上に、心が温かい。
苦笑が漏れる。あぁ、確かにその通りだ。
過去、僕らはそうやって歩いていた。同盟軍のリーダーだったオミと、隣国の英雄だった俺。
その立場に隔たりはなかった。対等だった。
けれど、心を重ねるようになって、身体を重ねて、俺はオミをただ守るものと思い込んでいたようだ。
誰にも獲られたくない。勿論その思いは何時だって消えないけれど、オミは確かに守らなければならないほど弱い存在じゃない。
「そうだ。そうだね。何を怯えていたんだろうか、俺は」
横を向いて、オミに視線を合わせる。
 余り、気持ちを言葉で告がないオミはやはり少し恥ずかしそうで、それでも告げてくれたオミの心がどうしようもなく愛おしい。
だけど、もう少し。
そこまで言ったのなら、あともう少し。
欲張ってもいいだろう?
「オミ。今の気持ち。言葉で、聞かせて」
「・・・嫌です」
「照れないで。俺だって不安な時もある。オミのこと、確かに過保護に守り過ぎていたね。だから、俺が安心するためにも言葉が欲しい」
欲張りはしない。これが最初で最後でもいいから。
「俺も言うから。・・・オミも聞かせて」

柔らかく日の落ちかけた薄い黄色の世界のなかで。
 俺たちは、声を重ねて、心を紡ぐ。

「この世で誰よりも、君だけを」




愛しているよ


2009/03/25 up





『照れ屋な受けに5のお題』 オミ編へ


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