*With a smile*
1
「マクドールさーん!いらっしゃいますか?」
今日もグレッグミンスターの空は青く晴れて、風も心地いい日和だ。
その街の、比較的大統領の住む城の近くにある一件の屋敷。
その屋敷の前で響いた声に、静かに扉が開かれた。
「リア、一人で?‥今回も‥‥?」
その声に険悪さや面倒さはない。
どちらかと言えばいたわりや慈愛のこもった声音だ。
「えぇ、いつもすみません。どうも僕だけじゃ頼りなくて‥‥」
申し訳なさそうに笑う少年。
名前はリア。
14・5歳の歳相応に笑う笑顔は、誰もを惹き付けて離さない魅力がある。
そしてこの歳で、王国軍と戦う都市同盟のリーダーでもあった。
リアが両手に抱きしめるように持っているトンファーに、どんな戦いを潜り抜けてきたかを痛いほど認知できる。
「‥そんなことはない‥」
にこっと、でも静かに微笑んで家に招き入れる方の少年も17・8歳程度だろうに、
たち振る舞いはいやに大人びていて子供らしさなど微塵も見あたらない。
彼の名前はユエ・マクドール。
かつて、このトラン共和国は赤月帝国と呼ばれる巨大な国だった。
が、この国の政治に不満をもち、重税に耐えられなくなった人々が反発した。
その解放軍と呼ばれる軍を率いたのは、当時17歳だったユエであった。
母は亡くなっていたが、父親は赤月帝国のバルバロッサ国王に忠実な部下であった。
言うなれば、実の父とも対立し、彼自身、父親を手にかけた。
母代わりのグレミオも・・・・戦時中になくしてしまう。
その時、彼の笑顔は消えた。
解放軍が帝国を壊滅させた後その祝いの席で彼、ユエは姿をくらました。
再びグレッグミンスターに戻って来ようとしたのか、近くのバナーの村に滞在中偶然、ユエとリアは出会ったのだ。
それから、数回。
手を貸すと約束してから、リアはこうやってマクドール家を訪れる。
「おじゃまします」
それなり‥いや、かなり広いと思われる屋敷には生活感がなく、マクドールと呼ばれた彼以外の人影はなかった。
「リア‥?」
通された部屋で、落ち着きなさげにあたりを見回すリアに、静かな声が届く。
「はいっ、マクドールさんなんです‥っ・・ぁ!」
急に腕を捕まれ、引き寄せられる。
痛みに、リアは持っていたトンファーを取り落としてしまった。
「僕が‥わからないと思った‥?」
トンファーを抱きしめて隠していた赤い服に染み付いた赤黒い跡。
気まずそうな顔をして、俯くリア。
「1人で来たのも、そのせい‥?」
頷いて、リアは顔をあげた。
「こんな、大事なときに‥僕が怪我をしたせいで戦争が長引くなんて、やだったから‥」
確かにリアの率いる同盟軍のメンバーなら、軍主であるリアが負傷しているとわかれば迷わず戦を先送りにするだろう。
勢いづいている同盟軍にとって、その行為は自滅にも等しい。
リアも大切にされるのは嬉しいと思っているが、その為イタズラに戦争が長引くというこの状況が許せないらしい。
「だから、僕を‥?」
「ごめんなさい!頼りすぎているのは、分かっています。でも、どうしていいのか、わからなかったんです‥」
実際血を流しすぎたのか、苦しそうに息をするリアの顔は心なしか青ざめている。
「‥おいで‥‥」
「あ、の、マクドールさん?」
抗議の声を上げたリアを視線だけで黙らせて、手を掴んで奥のソファーへ導く。
そのリアの手の冷たさに一瞬顔をしかめたが、それに気づく者はいなかった。
ふらつくリアを半ば無理矢理ソファーに埋めて、リアの肩布を片手だけでほどく。
「わっ、あの!なにを‥‥!?」
抵抗と言えるものもできないまま、あっさりと上半身をはだけられる。
「じっとして‥」
自分でやったのか、申し訳程度に巻かれた白い布は、赤い血で染め上げられていた。
ゆっくりと剥ぎ取った布の下から現れた傷は痛々しくも、右肩口から丁度心臓の上まで一直線に切れている。
素肌の左肩を軽く押さえられて、傷に暖かい指が触れた。
「っあ‥、ぃッ!」
確かめるように、丹念に傷をなぞる指。
「‥刀傷‥‥?」
この問いに、押さえつけた肩が、びくりと動いたのを見逃す彼ではない。
「‥リア‥、これは?」
リアは無言で首を振る。
塞がりかけていた傷からは、赤い血がゆっくりと流れている。
リアは見かけは可愛らしい華奢な少年だが、決して弱い訳ではない。
どちらかと言えば、その小さな体を生かしたスピード重視の型をとる生粋の武道家だ。
「小さな短刀でやられた‥?」
幸い、傷は浅い。が、範囲が広いので、流れた血は多い。
短刀ならば、相手を自分の間合いに入れなければいいだけの事だ。
しかも接近戦ほどリアの得意なものはない。
問いただそうとしても、この様子のリアは口を割ろうとしないだろう。
仕方なく、手当をしようと薬を探すために、彼はリアから離れた。
「‥クド‥ルさ‥‥」
が、か細い声に呼び止められる。
ソファーに身体を沈めたまま、何かを耐えるためにか、左手で両目を覆い隠していた。
部屋から出ようとドアノブに手を掛けたユエは、ゆっくりとした足取りでリアの傍へ戻ってくる。
「・・・・話せる・・・?」
何があったのか・・・・。
しばらく無言で、でも何かを必死に堪えている様で。
彼はリアが自分でその壁を破るのを待っている。こちらから無理やり開ける気はないらしい。
やがて・・・・、リアはゆっくりと話し出した。
「僕は‥、本当に正しいことを、してるのかって、不安なんです・・・。
親友と道を、分けてまで・・・、人を人が殺す、ことを導くのも・・・・本当に正しいことなんだろうかって‥っ!」
言いながら、リアの頬には耐え切れなくなった涙が伝っている。
「リア‥‥」
あまり他人との接触を好まないユエ。
だが、静かに、横たえられているリアの身体を抱きしめる。
ユエの暖かい腕に抱きしめられて、リアは、ゆっくりと早朝を思い出した。