A*H

*Alignment*



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水の流れる音と吹きすさぶ風の音。
開くのも重い瞼をリアはゆっくりと開いた。

「・・・あ・・・れ?」

体を包んでいたずぶ濡れの服は脱がされ、なぜか素肌には暖かい熱が伝わってくる。
ぼやける視界で、リアは誰かの腕に抱かれていることに気づいた。
誰と、顔を見なくてもわかるその温もり。

「ユエさん・・・?」
「・・気づいたの?」

声が聞こえる方に視線を動かして、リアは頷いた。

「ここは・・?何で・・・僕たち」
「・・・落ちたんだ。偶然ここを見つけることが出来たけど」

そんなに奥行きの広くない横穴だ。
洞窟とまでは言わない。
外の方に視線を向けると、相変わらず外は雨と風に煽られていた。
そして、目の前を流れる激流。

「・・・ここに、落ちたんですか・・・?」

よくもまぁ助かったものだ。
いや。

「助けて、くれたんですよね」

自分ひとりなら、おそらく助からなかっただろう。
流されるところまで流されて、流れ着いた時には既に息絶えていたかもしれない。

「・・・」

しかし、ユエは首を振った。
そしてリアの右手を手に取る。

「もしかして・・・紋章が?」

激流の中で、リアの右手に宿る紋章が輝き出した。
そして激流の中の筈なのに、ユエとリアの周りだけ流れが穏やかになった。
偶然見つけた横穴に上がった時には、その優しい光も消えていたが。

「でも、助けてくれたのは変わりないです、・・・・っ!」
「リア・・・?」

腕の中で急にリアの体が引きつった。
暗がりでよくわからないが、リアの腕にトラの爪跡がくっきりと残っている。
先ほど弾き飛ばされた時のものだろう。
それにしても、とユエは感心する。
あの状態で弾き飛ばされたリアは、襲いかかられる瞬間わずかに身を引いたようだ。
致命傷を避けて、傷もあまり深くない。
恐らく身体がが勝手に動いたのだろうが、それでも賞賛に値する動きだ。

「じっとして・・・」
「・・・ぇ、っ・・・ぅ!」

ユエの紋章ではこの傷を治してやることは出来ない。
だから、せめてもの治療として傷に唇を寄せた。
熱い舌が3本の斜め傷を優しく舐める。

「こ、んな・・・動物みたいに・・・っ」
「僕らも動物の一種だよ。ヒト科のね」
「・・?っん・・・・・!」

抗っても力の入りきらない腕で、ユエを押し返すのは度台無理な話だ。
それでも痛みに混じって微かに流れる"痺れ"に、リアは身を捩る。
今更だが、濡れた服は全て脱がされている為に全裸だということに気付いた。
意識した瞬間、一気に差恥に顔が染まった。

「なななんで・・・ッ?!」

腕の中のリアの体温が一気に上がったのを肌で感じて、ユエは閉じていた目を開いた。
目の前のリアは耳まで真っ赤に染めて身体を縮めている。
余程恥ずかしかったのか、今にも泣きそうだった。

「・・・リア、少し熱が高い。だから、悪化しないように脱がせたんだけど・・・」

おそらく、元々体調が悪かったのだろう。
そこに雨に打たれて、あの戦闘だ。症状が酷くなるのも当たり前のことだろう。
目じりに浮かんだ涙をキスで拭ってやって、恥らうリアを抱き寄せる。

「・・・こうやって抱き締めていれば見えないから、いいね・・・?」

お互いの身体をくっ付けてしまえば、確かにそれで身体は見えなくなる。
そして、ユエに触れている肌が暖かい。
さっきの件で体温が上がったのが悪かったのか、意識が白く霞んでいく。
顔や頭に熱が集まっているようで辛かった。

「・・・つらい?」
「・・・少し、だけ・・・」

肩越しにリアの熱い息を感じたのか、ユエはリアの頭をそっと撫でながら尋ねた。
小さく掠れる声で返したリアだが、十中八九強がっているのだろう。
これだけの熱を身体に留めておきながら、身体は寒がってカタカタと震えている。
細い腕に刻まれた傷からも、血は止まることなく流れ出していて。
このままでは、リアは雨が上がるまで持ちそうになかった。
せめて痛みと熱を身体が忘れてくれれば。
そう考えたところで、ふと思いつくことがあった。
ユエの紋章で、リアの紋章を共鳴させて発動させればいい。
だが、それには危険が伴う。
ただでさえ『使い過ぎると生命力を奪う紋章』を、『生命を奪い続ける紋章』で発動させるなど。
それでも。

「・・・リア」

苦しそうに熱い呼吸を吐き出すリアは、もうユエの声も聞こえていないだろう。

「・・・制御してみせるから、リアも頑張って」

熱い額に唇を落として、リアの右手に右手を重ねた。
左手で柔らかい髪に指を埋めて支える。

「・・・っ・・・!?」

途端、びくりと痙攣したようにリアの身体が跳ね上がった。
ユエの意識が、リアの意識に触れたのだ。
苦しそうに繰り返していた呼吸も止まり、目を見開いて身体を硬く硬直させている。

「・・・そう、拒まないで・・・受け入れて」

抱き寄せた頭を更に引き寄せて、リアの耳元に囁いて吹き込んだ。

「・・ぁ・・は、ぁっ・・・!」

ユエの声は落ち着いて低く、それがリアの耳朶を震わせる。
右手は重ねたまま、左手にただ抱き寄せられているだけなのに、リアは呼吸を荒くしては身を捩った。
もう痛みどころではない。
身体中が熱くて、思考が真っ白に染まっていく。
発熱の熱さではない、意識下での交わりで生まれた"熱"。

「ユ、エ・・・さ・・・っ!」

引き絞るように出された声は、甘く掠れていて、微かに艶を帯び初めていた。
縋りつくようにリアもユエに左腕を伸ばす。

「・・・変・・っ、になる・・・ッ!」

その頃から次第に、薄暗い岩穴がほのかに照らし出されていた。
紋章の共鳴するキィンという耳障りな音が、どこか遠くで聞こえている。
ユエはリアの訴えに構わず、更に意識を同調させた。

「あぁ・・・っ!!」

身体の繋がりなど浅いものだ。
いくら融け合うほど交わったとしても、互いの『個』を超えることは出来ない。
それがどうだ、意識下で繋がった今は、お互いに『自分』が『どれ』なのか正確にはわからなくなっていた。
自分の意識はある。が、相手の意識もあるのだ。
意識の動きは強い摩擦となって、深い快感を引きずり出した。

「・・・リア・・」

目を閉じていてもはっきりと分かる。
2人を包む光はリアの癒しの効力を発揮していた。
感覚で繋がっているのだから当たり前だが、肩に刻まれた傷はうっすらと残る線を残して消えるのが分かった。
身体の熱は、ユエの奪う効力が働いて、すっかりなくなってしまっている。
それでも、この『共鳴』の副作用か、違う種の『熱』に差し替えられてしまったけれど。
ユエが行ったのはただ『共鳴』させるのではなく、意識下の『同調』だ。
お互いに生まれた『欲しい』という欲求は、繋がった意識を通じて相手にも伝わる。
それは強い刺激となって再び自分に戻ってくるのだ。

「や・・・っ、あ、あぁぁ・・ッ!!!」

リアはその刺激の強さに耐え切れず、高い声を上げて更に高みへと上り詰める。
そのリアの声でユエは目を開くとともに、この『共鳴』を打ち切った。
少し身体を離して、腕の中のリアを見る。
整わない息を熱く吐き出しては、『同調』の余韻に身体を震わせていた。

「・・・もう辛くない?」

比較的穏やかな声で尋ねては見たが、ユエもある意味耐えていた。
声が少々熱く掠れているのは、仕方のないことだろう。
だが、その声を直接耳に吹き込まれたリアは、その熱さに身体を震わせる。

「・・・っ・・・」

まるでユエ以外に縋るものがないかのように、震える手でユエの身体にしがみ付いてきた。

「リア・・・?」

名を呼ばれて、おずおずと上げられた視線は・・・艶を含んで濡れていて。
全開の笑顔などのように、少年らしい眼差ししか見たことのないユエは、その視線には流石に驚く。
リアはといえば、身体の奥に燻り始めた灯に戸惑っているのか、涙を目に湛えたまま縋りついてきた。

「ユエさ・・・、なんだか・・、ヘン・・・・!」

恐らくこんな熱に身体を支配されたことなどないのだろう。
初めて感じた、自由にならない感覚に不安を感じたのか、リアは泣き出してしまった。

「リア、ごめん・・・泣かないで」

滑らかな頬を滑る涙を、官能を刺激しないように優しく拭ってやる。
それでも不自然に煽られた熱は、リアの中でじりじりとその侵食を広げていた。
弱々しく首を振るリアに、ユエはどうしようか悩む。
見上げてくる視線を欲しくないと言ったら嘘になるだろう。
それでも、リアの為を思うと、今手を出すことに酷く躊躇われた。
そんなユエを読み取ったのか僅かに引いた身体を、リアは再び押し付けて囁いた。

「・・・ユエさん・・・、お願い・・・・助けて」
「っ!」

リアは自分が何を言っているのかも分かっていないのだろう。
ユエも『耐えて』いるのだ。それなのに。

「・・・リア」
「もう、お願・・・っ」

気が付けば、短い熱い呼気を吐き出すリアの唇を強引に塞いでいた。

「ん・・・」

ただ唇を塞がれただけだが、リアには十分すぎる刺激だった。
待ちに待った『肉体的』な刺激に、身体が歓喜の声を上げる。
擦り合わせてくる摩擦に耐え切れなくて、リアは薄く唇を開いた。
待っていたと言うように、その僅かな隙間からユエの舌が割り込んでくる。

「んん・・・ぅ・・ッ?!」

熱い舌が入り込んでくる感覚は、リアにはまた初めてのことだ。
歯列をゆっくりと舐められ、舌を痛いほどに吸われる。
激しい雨の音と流れる激流の音の中でも、その濡れた音は嫌味な程耳に響いた。
恥ずかしくて苦しくて、リアはユエの胸を押す。

「ふ・・はぁっ・・・ッ!」

が、そう抵抗すればするほどユエの拘束は強くなっていく。
震える腕からは、次第に力が抜けていき・・・リアは、送られてくる唾液を耐え切れずに嚥下した。
小さな喉が動いたのを確認して、ユエはゆっくりと唇を離す。
飲み切れずに唇の端から溢れたモノが、僅かな光を反射した。

「ごめん・・・・」
「・・・ユエ・・・さ・・・っ?」

リアのぼやけた視界にユエの顔が映る。
汗に濡れた蒼い髪が肌に張り付いて、自分を映す深碧の瞳には抑えきれない炎がゆらゆらと燃えていた。

「・・・っ!///」

思わず、喉を鳴らしてしまった。
いつも押し殺したような静かな空気で傍にいるユエだが、今は自分の欲求を隠そうともしていない。
少し怯えてしまったのだろう。そんなリアに気付いて、ユエはふっと瞳を和らげた。

「・・・・大丈夫、リアの望まないことはしないよ」

優しく頭を撫でるユエの手は心地いい。
だけれど、何か物足りなかった。
欲しいのは『心地よさ』ではない、確かな『愛撫』。
リアは弱々しく首を振る。

「リア・・・?」
「・・・怖く、ないですから・・・っ!」

正直、『怖くない』など強がりでしかない。
けれども、この先に何かがあるのなら、それを見てみたいとも思う。

「・・後悔、しない?」
「・・・・そんなに怖いことなんですか・・・?」

おずおずと尋ねたリアに、ユエはくすっと笑って抱き寄せてくれた。

「最後まではしないよ」
「・・さいご?」

最初と最後があるのかと、リアは首をかしげる。
そんなリアの様子に微笑みながら、額に唇を落としてユエは囁く。

「うん・・・・身体に溜まった熱だけ、出してしまおうか」

頬に添えられたユエの手は、微かに耳朶に触れていて。
その反対側の耳も、柔らかい唇でなぞられて、リアは身をすくめた。

「っあ、あの・・?」

ユエの言うことが理解できず、それでも唇は頬に流れ、唇に重なる。

「・・・ん」

何となく楽しそうな表情で、それでも優しく触れてくるユエの唇。
早く『次』が欲しくて、リアは自分から唇を開いた。
それだけで理解したユエは、口付けを深く変えてくる。

「・・ん、・・・んぅ・・ッ?!」

咥内を蹂躙されて、酒に酔ったように身を委ねていたが、突然あらぬ所に感触を感じて目を見開いた。
右手で頭を固定されているリアは、ユエのキスから逃げる術を持たない。
微かに身を捩っても、リアを追い上げる手の動きは止まらなかった。


「ユ・・・エさ・・・・・・っ!」








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