*強さ*
1
力を求めて、そして散っていく。
強靭過ぎる力は、まるで麻薬のようだ。
もっと、もっとその上を。
限界などない世界を求めて、人は何故、『強く』あろうとするのか。
まだ日も高い城の一角。
はちきれんばかりの歓声の中で、二人の人間がその腕を競い合っていた。
片方は大柄で屈強な戦士。武器は大きな斧だ。
一方、胴体の半分ほどのトンファーを操っているのは、細身で小柄な少年だ。
繰り出される大振りの斧を軽々と避け、小柄さを利用したスピードで間合いを詰める。
慌てて体を引こうにも、あまりの速さに目が追いつかない。
タタンっ!
軽い音を立てて地面から飛び上がった少年は、口元に笑みすら浮かべていて。
繰り出されるトンファーの雨をかわそうと、身を捩ったのが運の尽き。
何打か避けきれずに、バランスを崩した体は背中から地面に倒れ込んだ。
目を開けたすぐ眼前にはピタリと向けられた、トンファーの切っ先。
「っ・・ま、参りました!」
わぁあああ!!!!!
男の一言に、歓声の声が一層高まる。
「また、お手合わせして下さいね」
構えていたトンファーを片手に抱え、支えるように差し出した手の甲には、輝く盾の紋章。
幼い容貌に騙されがちだが、彼こそが都市同盟を率いる少年英雄、リアである。
今日は、兵士たちの士気を高める為に行っている、公開試合の日だ。
参加する兵は4つのグループに分かれ、雌雄を決したのち、勝ち残った4人はさらに互いを削り合う。
そして、たった一人の勝者には、ある機会が与えられる事になっていた。
その機会とは、軍主であるリアとの試合権利だ。
誰もが手合わせ願いたいと望んでいる軍主と、その瞬間だけは試合出来るのだ。
それだけに参加者は多い。そしてそれぞれが己に自身のある猛者である。
それでも、勝者は一人だけ。
「大丈夫でした?あなたは強かったから、僕本気で殴っちゃいましたし・・・」
「だ、大丈夫でありますっ!こちらこそ、本気で向かったのですが・・・」
恥ずかしいと頭を掻く男は、差し出されたリアの手を支えに立ち上がる。
掴んだ手は、頼りないほど小さく細かった。
けれど、とても暖かく、全てを包み込む優しさと強さがそこにはあった。
空が夕焼けに染まる頃、大歓声はすっかり静まり返った闘技場の上で、佇んでいる少年がひとり。
手にはまだトンファーを抱えたまま、彼はただ空を見ていた。
オレンジと朱に染まる雲は、緩やかな風に流されては消えていく。
「・・・お疲れさま」
誰も居ないはずの場に、突然聞こえた声。
驚いたリアは、慌てて声の主を探す。
見つけて、さらに驚いた。
「え・・・?えぇえ?!!ユエさんっ!来ていたんですかっ・・!?」
一気に真っ赤に染まるリアの顔は、前に見た時より少し痩せていた。
子供らしさはまだまだ消えないが、緩やかに時間は彼を大人にしていく。
「強くなったね、リア」
見ていたよ、と言うと恥ずかしそうに俯いたが、ポンポンと頭を撫でられ、リアは嬉しそうに笑った。
「そんなことないです。それに僕が強くなってるとしたら、それはユエさんのお陰ですから」
影の全くない笑顔など、ユエはリア以外で見たことがない。
彼の『天魁星』としての運命も、ユエと同じく辛い選択ばかりだっただろうに。
この城の人間は平和だった。
追い詰められて闘ってはいるが、表立った向かい風は全てリアが受け止めてくれるのだから。
彼らは、何も知らないままに、守られているのに。
そんなリアに少しでも力があればと、空いた時間で手合わせをしていた。
手合わせと言っても先ほどのような試合ではなく、稽古であるが。
「・・・僕の?」
リアは先刻の試合で勝てたのはユエのお陰だと言う。
恐らく、本心からの言葉だろうが、ユエはそうは思わない。
リアは強くなっていた。
会う度に、子供から大人へ・・・守られる存在から守る存在へ。
「はい!また、稽古つけてもらえますか?」
屈託なく笑う彼の笑顔が好きだから。
彼が皆を守りたいと言うのなら。
「・・・僕でよければ、いくらでも・・・お相手しましょう」
彼が、望む限り。
城の裏手にある、少し開けた場所。
観客は煌く星と、青白い光源を発する白い月のみ。
涼やかな夜だからこそか、虫の声ひとつしないただ二人きりの静寂。
その中で夜の闇に紛れるように、打ち付けるような音が連続して響く。
「っ・・ぅわ!」
背中から、木立に突っ込んだ。
そんなに強くは当たっていないが、背中の強打は一瞬息を忘れる。
「最後まで、気を抜かないで」
一瞬だけれど、リアに勝機が上がった。
行けると思った油断か、最後の踏み込みが甘かったらしい。
リアの攻撃は柔らかく流され、逆に繰り出された技で軽く吹き飛ばされた。
「本当の敵ならば、倒れた君にはもう命はない」
厳しい声で発する言葉。けれど、表情は心配げに曇っている。
痛む背中を無視して深呼吸・・・立ち上がって顔を上げると、リアははっきりとした口調で答えた。
「はい・・・っ。もう一本お願いします」
そんなリアの返事に一瞬だけ微笑んで、ユエは棍を構え直した。
その目に曇りはなく、一切の穢れを捨てた、まさに闘う神のようで。
隙など目を凝らしても見当たらず、思わず我を忘れてしまいそうな立ち振る舞いの美しさ。
洗練された『造形美』が、今そこにあった。
また見惚れていた自分に照れながら、リアも少し笑う。
「・・・・・行きますっ!」
トンファーを構えなおし、地面を蹴って走り出した。