A*H

*強さ*



2





コンコン、と扉を叩く軽い音がする。

「主ではありませんが、開いていますよ」
「・・・?」

ホウアンとトウタが、部屋に入ってきたユエに会釈した。

「あなたは・・・どうしてここに?」

ここはリアの部屋、つまり城主の部屋である。
居るはずのない第三者に、ユエは少し驚いた。
そのユエの様子を読み取ってか、ホウアンは緩やかに答える。

「これは失礼しました。リア殿の薬を取替えにきただけですので、すぐ失礼します」

そういいながら、丁寧に包帯を巻き終えたホウアンは、椅子から立ち上がる。

「薬・・?怪我・・・をリアが?」
「そんなに酷いものではありません。一週間もすれば、完全に治るようなものですよ」

リアはまだぐっすりと眠っていて、ベッドに体を沈ませていた。

「少し疲れてもいらっしゃったんでしょう。夜も遅くまで鍛錬を積んでいたようですし・・」

手早く荷物を纏めたトウタも慌てて立ち上がる。
会釈して、出て行く瞬間に、あ・・・っと思い出したように口を開いた。

「リア殿が目覚めたら、あまり無理をしないようにと、伝えていただけませんか?」
「えぇ、わかりました」
「では、私達はこれで」

もう一度会釈して、ゆっくりと扉は閉められた。
部屋の入り口で立ち尽くしていたユエは、呪縛が解けたかのようにリアの元へ歩いていく。

「・・・リア」

前に稽古をつけた時から、また少し痩せたようだ。
もともと華奢な体つきをしていたから、これ以上痩せるとなると今度は命に関わるだろう。
修行していて少し無理をしたのもあるだろう。
けれど何か・・・・・・肉体的ではないもののような気がしてならない。
疲労や疲れなら、休息すれば回復する。
病気ならば、先ほどの軍医が黙っていないだろう。
では、何か・・・?

「まさか、紋章・・・―――?」

リアに会うまで、自分の紋章以外は興味がなかった。
この世界に27あるとされている『真の紋章』。
リアの紋章が片割れの力だと、
あの『闇』に教えられてからはユエも意識して文献を目にするようになった。
『始まりの紋章』は、現在は『剣』と『盾』に分かれている。
お互いに『剣』と『盾』を宿した者は、争う運命にあるのだ。
そして、その片割れのままで紋章を使うと、使用者の生命力を削る力であると言うことも。
『始まりの紋章』は、争いを裁く強い力を持つ。
戦争で悲しく辛い思いをしたリアと、リアとナナミの幼馴染だと言うジョウイと言う少年。
ただ、この戦争をなくす為だけに、自ら犠牲になったのだ。
当人たちさえも、知らぬままに。ただ、『運命』に流されて。
その『命』を削りながら、削っていることすら知らずに闘っていたのだ。

「(・・・だからといって、なんて言えと?)」

紋章を使うな。
そういっても、リアは迷わず使うだろう。
目の前に助かる命がある限り。


ふと、目の前のリアが身じろいだ。

「・・・っ!ぃ・・・ったぁ・・・」

寝返りを打とうとしたのだろうが、傷に響いて目が覚めたようだ。
そして覚醒の半端なリアは、まだユエに気付いていない。

「強く・・・なったつもり、なんだけど・・・まだ足らないのかぁ・・・」

壁側を向いて、うつ伏せのリアの背中。
小さく小さく呟いた声だけれど、ユエには聞こえた。

「強く・・・なりたいのに。あの人みたいに・・・」
「誰、みたいに・・・?」
「え?・・・えぇ?!あ、わっな、何で??!///」

声に振り返って、まさに思い描いていた人物がそこに居たことにリアは焦る。

「気付かないなんて、酷いな・・・」
「酷いって!ユエさんこんなところで気配消してるから・・・っ!///」

そんなつもりはないのだが、リアを起さないようにそうしていたかもしれない。
ユエは先の心配を無言で押し込んで、リアに笑って見せた。

「怪我したって聞いたけど、大丈夫?」
「あ、平気です!そんな大げさなものじゃないんですよ」

ベッドに体を起そうとしたリアを手伝って、身を起す。

「・・・左肩を後ろから?誰かを庇った傷だよね」
「っ!・・・何で分かるんですか・・・!?」
「怪我は無意識に庇ってしまうものだから」

服を着ていても、リアの微かな動作でわかる。
驚いているリアをなだめるように、髪を梳いた。
指通りの滑らかで少し冷たい髪は、出会った頃に変わらず心地良い。

「確かめてみても、いい?」
「・・・何をですか?」

髪を撫でるままに、体を引き寄せて抱きしめる。
撫でられることは好きなのか、抵抗もないままに尋ね返してきた。

「怪我、酷くないかどうか・・・」
「・・・え?」

リアの前合わせの夜着を緩く縛る腰の紐を、リアの体を抱きしめたまま引き抜いた。

「あ、あの・・・?///」
「あぁ、包帯巻いてるから分からないか。大丈夫、これを解いてまで見ようとはしないよ」
「じゃなくて・・・ぅわ、ごめんなさい・・・っ!///」

一気に耳まで真っ赤に染めたリアは、居心地のいいユエの体を押しやった。
ユエの体温を意識した瞬間、思い出してしまったのだ。
洞窟の中での、あの夜を。

「リア?」
「ち、違うんです!迷惑とかじゃなくて、あの、僕が悪いんですっ!///」
「・・・謝られても、僕には何のことだか・・・。何か、した?」
「ユエさんは何も・・あれ・・・?い、いえ・・・何も!!///」

リアが何を考えてしまったのか、全くわからないわけでもない。
ふと思いついて、ぼそっと口に出して見た。

「あぁ、この前の・・・」
「はぇ?!///」

驚いて逃げるリアの体を捕まえ、ふわりと抱きしめた。


  ・・・期待、してくれていたら・・・嬉しい  


真っ赤に染まった耳元で、内緒話のように言うと、リアは俯きながらも・・・・。

「ぅ///。えっと・・・・・・・・・・・・・・はい」

嬉しそうに、少し照れくさそうに、笑った。






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