「コロネロ、・・・元気にしてた?・・・みんなも」
まだうんと幼い頃の話。
今考えれば不思議で仕方ないのだが、遠い異国で生まれた綱吉は親族だと言う老人と、忙しそうな両親の代わりに面倒を見てくれた青年以外に触れ合った他人は驚くほど少なかった。
数えるほどしかいなかったその中で、子供だったのは幼馴染とも言える兄弟たち。みんな綱吉と同じ年頃かまたは一つ二つ小さな子供だったが、頭はとても良く、良いこともちょぴり悪いことも、色んなことを教えてくれた。
彼ら自身血のつながりはないらしいが、それよりももっと堅い絆で繋がっているようで、一人っ子の綱吉からすればそれがとても羨ましかった。
「あぁ、相変わらず無茶してやがるぜ、コラ。ま、それもすぐに分かるこった」
「?」
あの頃綱吉は自分が特殊だとかそういう感覚を持ったことはなかった。
笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣く。涙が結晶化しても幼馴染たちは驚くことはなく、丁寧に綱吉を宥めてくれたものだ。・・・余計に苛めて泣かされたこともあったが、基本的に彼らは理不尽で、けれど優しかった。
今のように目端に溜まった涙を舐めて、その流れで頬に軽く触れる口付け。
「ずっとお前に会いたかった。奴ら、絶対後から追いかけて来るぜ、コラ」
「うん・・・!」
*Drop*
「へぇ、ツナの幼馴染か。ってことはツナ、実は帰国子女だったりするのか?」
「あ、えーっと・・・」
事実そうなのかもしれないが、綱吉は殆どイタリアに居た頃の記憶がない。生まれてから日本に来るまで殆どの時間を屋敷の中で過ごし、外に出た記憶も実はあまりなかったのだ。
頭を抱える綱吉の横で、クラスのムードメーカーな親友が教卓の前まで戻ったコロネロに手を上げる。
「コロネロ、サンだっけか?イタリアから来たってことはイタリア人?」
「サンはいらねぇ。今までイタリアに居たってことは確かだがな」
透き通るような青い目、光り輝く金髪はどこから見たって外国人だが、国籍までは確かに曖昧だ。言葉もきちんと漢字の発音に聞こえる完璧な日本語を話しているので、それも余計にコロネロの人種を混乱させてしまう。
「あれ、コロネロ。そういえば日本語・・・」
「今更かツナ。昔からだろ」
「・・・そうだったかも」
ずっとイタリアで暮らしてたコロネロたちは、どうしてか屋敷の中では・・・いや、綱吉の前では日本語で話していた。
流石に何も知らないのは不便だろうと、簡単な会話くらいはイタリア語でしていたと思うが、ほとんどの日常生活は全て日本語だったのだ。
それはいずれ日本に行くことになるだろう綱吉が戸惑わないようにとの配慮だったと思うが、そんな気遣いをあの面子の中で一体誰がしてくれたって言うんだろうか。
「ま、正解だな。あの頃からイタリア語で話してたらお前、日本語喋れるようになるまで時間かかったろうからな」
「・・・・う」
結局、一時間目は担任の持ち時間だったため、目一杯使って新しいクラスメイトとの交流時間になってしまった。他の教科の先生に迷惑をかけるよりいいと判断したのだろう。クラスメイトの中に知り合いが居るという事実よりも、コロネロの外見からして、他のクラスメイトが放っておけるようなものではなかったので。
「はいしつもーん!沢田くんと仲良いみたいだけど、幼馴染って幾つの頃から?」
「こいつが生まれたときには側にいたぞ」
「え、そうだったっけ・・・?」
勿論、綱吉には記憶にないことだ。確かに物心ついた頃には同じ屋敷内で一緒に暮らしていたが、そもそも。
「えー!意味深!!じゃあコロネロ君って、沢田君と親戚か何かなの?」
「血縁関係があるわけじゃないが・・・まぁ、似たようなものだなコラ」
それにしても大きく育ったようだ。14歳でこの身長で細身とはいえ、そんな綱吉を簡単に抱え上げられるほどがっしりとした筋肉質の身体。子供の頃は超がつくほど可愛かったのに、今では美少年を通り越して美丈夫になりかけている。
「人種の差かなぁ・・・でっかくなっちゃってさ」
ポツリと呟いた綱吉の言葉は隣に座っている山本以外に聞こえなかったようだけど、ちょっと拗ねたような口調はには山本も思うところがあるのだろう。二カッとあのさわやかな顔で笑われた。
でも悔しいのはちょっとだけで、自分の知り合いがこんなにも皆に大人気なのは少し誇らしいことだ。この一時間いっぱいはクラスメイト・・・主に女子たちから開放されることはないだろうと、少々気の毒な苦笑がもれた。
そこまではあくまで他人事だったのだけれど。
懐かしさにか、昔の癖でなのか、コロネロはぴったりと綱吉にくっついたまま離れないのだ。
今はまだ大人しく隣の椅子に座ってはいるが、無意識にか腕は腰へと伸びてくるし、気を抜けば綱吉を膝に乗せようと持ち上げてきたりもする。
そのたびに突っぱねては逃げているのだが、そろそろ不満そうに眉間の皺が増えてきた。
「いいじゃねぇかコラ減るもんじゃねえし」
「いやだよ!ここはおじいちゃん家じゃないんだよ、学校なの!」
「だったら家に帰ればいいのか?」
「う・・・・そういう、ことでもないんだけど」
あらゆる意味で大きな母親の前でなら構わないだろうが、それよりも厄介な人物が家で待ち構えているのだ。
コロネロ以上にべたべたとくっついているのが日常になりつつある家庭教師様が、コロネロの接触を快く思うわけがない。
「そ、それとこれとは話が別だろ!とにかく今はダメ。絶対にヤダ!」
じろじろと向けられるクラスメイトの嬉々とした視線に耐えかねて、綱吉は彼らの輪の中から飛び出した。
「はは大変だな、ツナ!」
「本当にもう・・・」
人の山の隙間から、恨みがましそうに向けられるコロネロの視線には、悪いけれど気付かなかったことにした。
***
結局、時期外れの転入生の噂はあっという間に学校中に広まり、休み時間のたびに見物人の数はどんどん増えていった。昼休みも落ち着いて食べられる場所さえ見つけられずに彷徨っていたら、同情した先生たちに職員室の隅っこの応接セットを貸してもらうなんて気遣いを受けるほどには。
コロネロは勿論、幼馴染だということが真っ先に知れ渡った綱吉と、その親友である山本と三人並んで食事をしたほどだ。綱吉と山本は弁当持参だったが、コロネロは生憎用意がなかった。危険を承知で食堂まで行くか迷ったところで、何人かの女性教師たちに恵んで貰えた弁当のおかずやパン、おにぎりなどをありがたくいただくことで窮地を免れる。
「顔が良いと得だよね・・・」
「なんか言ったかコラ」
「ううん、なんでも」
転校初日にして、コロネロの人気は一気に学校中に広まったわけだが、最終的には風紀委員が騒ぎ立てる彼らを粛清したらしい。女子には流石に手を出さなくとも、何人かのハメを外しすぎた男子数名が病院送りになったと聞いた。
「・・・・雲雀さんやりすぎです・・・」
「知らないよ。そもそもの原因は君なんだ。噛み殺そうか」
「いやいやいや!何でそうなるんですか!?」
理不尽の塊は幼馴染の彼らだけではなく、この学校の恐怖の支配者にも当てはまる言葉で、何が気に入られたのか、おそらく学校中で最もトンファーを振り回して追い掛け回されているのはこの綱吉だろう。
今もちゃっかり昼食の席に混ざり込み、コロネロに貢がれたおにぎりをほおばっている。
「させねぇぞ、コラ」
「・・・・ふうん?君が、『コロネロ』」
後ろから綱吉を庇うように抱きしめてきた太い腕は、雲雀から引き離すように結局膝の上に逃がされる。
先ほどあれだけ抵抗したのに、今の綱吉は大人しい。やはり、先ほどの拒絶は人目が多かったせいであって、簡単なついたてで区切られただけの空間でも、この程度の人数ならば頓着しないようだ。
「・・・離しなよそれ」
「あ?」
けれど、予想外にも不満な表情を浮かべたのは雲雀で、 一気に機嫌のレベルが下がっていく空気が辺りの空気までも冷やしていく。教師達も一瞬前までざわついた空気の中昼食を楽しんでいたくせに、雲雀の醸し出す冷気に当てられたのか、今はシンと静まり返っている。
「別にいいだろうが。ツナがここに座ってねえと落ちつかねえんだ」
「そんなの知らないよ。さっさと離しな!」
言うが早いか、どこからともなく現れたトンファーが空気を切る。
「・・・ひ、えぇ・・・」
コロネロが綱吉を抱えたまま避けてくれなければ確実に綱吉も殴り飛ばされていただろう。
「雲雀さん!落ち着いて!」
「だったらそれから離れなよ」
「今は色々無理ですー!!」
追いかけてくるトンファーを身軽にかわすコロネロは腕に綱吉を抱えたままだ。物凄い速度で走っている今現状放り出されたりしたら、絶対怪我じゃ済まない。
「コロネロ!一回止まって!そんで俺を下ろして!」
「無理だな。お前を手放すとアイツ、標的をお前に変えるぞ」
コロネロのけろりとした言葉に、後ろから追いかけてきている雲雀の口元がにやりと笑った気がした。
「・・・マジだ!本気で殺される・・・!コロネロ・・・!」
「わかってるぜコラ!」
雲雀のトンファーも不思議だが、コロネロもどこから出したのかわからないほど大きい銃器を抜き出して雲雀に向けて構えた。
「!」
「加減はしてやるぜ・・・『SHOT』!!」
ズガアァアアン・・・!!
音にするならそんな感じだろうか。もうもうと土埃を上げるグラウンドで、今一体何が起きたというのだろうか。
「・・・コロネロ・・・それ・・・」
「足元狙ってやったんだ。精々数ヶ月分ってとこか・・・加減もしてやった。ツナ、今のうちに逃げるぞ」
確かに、このまま学校にいても授業なんて関係なしに雲雀に追いかけられるのは目に見えている。
一日経てば大抵忘れてくれているので、このまま戦線離脱するのは大いに賛成なのではあるが。
「今の、弾じゃない・・・よね?」
「あぁ?お前、まだ何も知らないのか?」
綱吉を腕に抱えたまま、前を走る自転車までも抜く勢いで走っているコロネロは、息苦しさなんて感じていないかのようにけろりと綱吉に話しかけてくる。さっきのよくわからない銃火器は今はまたどこにも見当たらない。腕に抱え上げられているのをいいことに、背中を探ってみるが、そこに隠してあるわけでもない。
ごそごそと腕の上で動く綱吉を気にもしないで、走り続けていたコロネロの足が急に止まった。
「ッチ!何してんだあの野郎。先に行かせた意味がねぇじゃねえか」
「あのやろう?・・・ッで!!」
綱吉の頭の上からゴス・・・という鈍い音が響く。首の骨が折れるかと思うほどの衝撃でコロネロの腕から転げ落ちた綱吉の腹の上に着地したのは、見るまでもなくリボーン先生だ。勿論着地にも手加減なんてものは無かった。
「ぐ・・っ!」
「サボるなんてイイご身分だなオイツナ」
「別に自主的って訳でもないんだけど・・・」
「ウルセェ言い訳は聞きたくねえンだぞ。まずは、何だ?」
ジャコ・・ッ!と、危ない音をさせた銃口が顎の下に構えられる。
リボーンもコロネロも明らかに銃刀法違反なんじゃないんだろうか。というか、リボーンは人間じゃないんだから・・・とそこまで考ええつつも、綱吉の唇からは勝手に言葉が滑り落ちていた。
「ごめんなさい先生」
「・・・とりあえずは、まあいいだろう。で?」
教育の賜物だろうか。謝ることを最初に覚えてしまった綱吉の目尻に浮かんでいる涙の粒を零すまいと舐め取るリボーンの目が、ようやく絶句しているコロネロに向けられる。
「てめえリボーン・・・!」
「バカでかくなりやがってバカネロ。言っとくが今更もう遅ぇ。ツナは俺のモンなんだぞ」
「異議アリだっつってんだろコラ!俺等は誰も認めてねぇ!大空を独占する権利は誰にもねぇ!」
お互いに構えた銃口を
続・・・けばいいな!