*喧嘩売るなら*
「うん、獄寺君もありがとね。わざわざ送らせてごめん、ゆっくり休んで」
「いいえ、こんなことなら幾らでも!・・・しかし、本当にお一人で大丈夫ですか・・・?」
「心配性だなぁもう。平気だって!」
屋敷の玄関先で運転してきた獄寺に支えられ、車から降り立った綱吉は苦笑している。
両足で危なげなくきちんと立っているのだがその身に纏ったスーツは土埃や血で汚れ、更には利き腕である右手を白い布で吊っている始末だ。
元々はただの会合で、戦争まで起こす予定ではなかった。
一緒に居た守護者も交渉の場ではお馴染みの獄寺一人だったという理由もあるだろうが、ボスである綱吉が手当てが必要なほどの怪我を負うのは珍しい。
綱吉に従うように車から降り立ったナッツも不安そうに主を見上げる始末で、この様子では直帰を押し通した獄寺の判断が良かったということだろう。
交渉の場からボンゴレの城に戻らず館へと車を回したのは獄寺の少々強引な判断だった。
それもこれも、怪我もさることながら炎を放出しまくった疲労度の激しい主のため。
「ですが・・・、お一人ではお着替えも不便でしょう。俺、やっぱり付き添います!」
「大丈夫だってば!腱を傷つけたわけじゃないし、指も動くからすぐ直るよ!・・・まぁ、ちょっとやりすぎたかもしれないけど」
「・・・全く、その点については俺からもお願いしますよ。俺が蒔いた火種ですし、俺にも責任がありますが。見せしめとはいえ、何も十代目がお怪我をなさることはなかった」
「・・・あはは、それは反省してます」
大人しくぺこりと頭を下げた綱吉に、獄寺は大慌てで何やら必死の弁解を始めたがイツモノコトなので適当に流してボンゴレの城へと戻る彼を見送った。
綱吉は同じ敷地内に別邸を構えてはいるが、その他の幹部構成員は殆どが本拠地である城で生活している。
歴代ボスも同じように城で寝起きしていたのだろうが、気の休まる場所が欲しかった綱吉としてはこの屋敷を用意してくれたリボーンに心から感謝していた。
「みんな大事なファミリーだし、側に居るのが苦しいって訳でもないんだけど・・・・ね」
「ガウ?」
足許のナッツに苦笑して屋敷の扉を振り返れば、タイミングを見計らったかのように屋敷付きのメイドたちが綱吉を迎え入れてくれた。
***
本当なら今すぐ風呂にでも入ってベッドに転がりたい所だが、一度ソファへと身を沈めるとどうにも眠気の方が先に立つ。
起き上がって動く気力が一気になくなってしまった。
こんなにも派手に暴れたのはしばらく振りとはいえ、デスクワークばかりの毎日を繰り返す間に随分身体が鈍っていたらしい。
「ガオ・・・」
「んー?ナッツも疲れたか?」
炎の補充を催促するかのように指輪のはめられた綱吉の指をぺろぺろと舐めている。
それとも、怪我を心配しての行動だろうか。自由な左手で、柔らかな炎の鬣を撫でる。熱くはないのだがしかしナッツも綱吉同様暴れてきたのだ。揺れる鬣は少し元気がないように感じた。
「・・・補充してやりたいけど、ちょっと今は勘弁な」
豆火程度なら灯せるだろうが、それでもナッツに与えてしまったらこのままソファで眠ることになるだろう。
これならちょっとでも城に戻って守護者とかヴァリアーとか誰か有り余ってる人から貰って来ればよかったと脳内で考えた時、腹の上に乗り上げてきたナッツの上にいたレオンと目が合う。
お帰りとでも言うかのように瞳をぐるんと動かしたレオンとしばらく見つめ合ってから、ようやく停止していた思考回路が動き出した。
「あ、あれ?レオン・・・ってことは、リボーン帰って来てるの!?」
「お前が帰ってくる前から居たぞ。・・・ったく」
寝そべったまま起き上がる気力もない俺の頭を抱えて、ソファーに座ったリボーンは自分の膝に綱吉の頭を乗せた。
「ズタボロになって帰って来やがって。何だその腕は」
「あー・・・ははははは」
怪我したことを怒られるのは当たり前と覚悟していたのだが、今日のリボーンはどうやら甘やかしてくれるらしい。
前髪をかき上げて晒した額の上に、リボーンの大きな手の平が乗る。
そこに灯される黄色い炎の熱は暖かく、じわりと綱吉の身体に染み渡っていくようだ。
アルコバレーノは炎を放出するのに道具を必要としない。綱吉でさえ額は別として、グローブやリングがなければ炎を物理的なエネルギーとして扱えないのだから。
「・・・ありがたいけど、リボーンだって出張帰りだろ?疲れてない?」
「お前ほど暴れてもいねーからな。分けてやれるくらいは余裕であるぞ」
炎を分け与えられる心地良さに、重かった瞼が更に重くなる。久しぶりに会えたのに、このまま寝てしまうのは非情に勿体無いと感じている綱吉は、なんとか眠らないように必死に耐えて見るが、視界は殆どぼやけたままだ。
「うー・・・」
「・・・っく」
目を擦って襲い来る眠気と戦っていれば、耐え切れないように零れたリボーンの笑い声を耳が拾った。
「・・・なに?・・・・・・どうかした?」
「おめーらな。・・・眠ぃんなら寝ちまえよ。ナッツも今日は匣で休むんだぞ」
「・・・ガゥ」
ぼんやりと腹の上を眺めれば、ナッツも必死に眠気を耐えているようだ。
そもそも匣兵器が睡眠を必要とするのかと聞かれてしまえばそれも良く分からないのだが、ナッツは良くレオンと昼寝したり綱吉とリボーンのベッドにもぐりこんで来たりもする。
しかしやはり今日は綱吉と同じく相当なガス欠なのか、最後にリボーンの手に顔を擦り付けたあと、レオンに促されるまま匣の中へと潜り込んでしまった。
「明日の朝にはまた起こしてやるからな。・・・お休みナッツ」
コトリと机に置かれた匣が揺れ、そのまま大人しくなったので、もう眠ってしまったんだろう。
眠るようにと促したレオンは綱吉の腹の上からぴょんと机へと飛び移り、しんと静まり返った匣を包むように眠る体勢に変えた。
「レオン、ありがとうね」
お昼寝の時にはナッツの背中や頭の上で眠るレオンだが、一度ナッツが匣に戻った時には、今度はレオンがナッツを包むようにして眠っているらしい。
この屋敷内でだけの話ではあるが、最近はすっかり相棒のリボーンよりナッツに構いっぱなしの相棒に、リボーンは苦笑して自分の帽子を机に置いてやる。
眠りかけていたレオンは軽々と匣を抱えたまま帽子に飛び移り、お気に入りの寝床に感謝するように数回瞬きをして目を閉じた。
「レオン、すっかりナッツのお兄さんだよね」
「放っておけねーからな。分からんでもないぞ」
「って、どういう意味だよ・・・っわ!?」
突然浮いた身体に慌てて、自由な左腕でリボーンに抱きつく。
気合も入れず軽がると抱え上げられてしまった綱吉は、そのまま寝室へと歩いていくリボーンに少し慌てた。
「ま、待って待って!俺、汚い!」
「分かってるぞ。風呂にも入れてやるから暴れんな。折角やったエネルギー無駄に使うんじゃねーぞ」
「う、うぅ・・・」
リボーンが何のために炎を分けてくれたか、分からない綱吉ではない。
二週間ほど出張に出ていたリボーンが綱吉に欲しがるものも、気持ち的にはあげたいと思っているのだが。
「一眠りしてからじゃ・・・駄目?」
「俺が我慢出来ねぇ。今すぐ喰ってやりたいが、せめて風呂ぐらいは入れてやろうってんだ。ベッドまで大人しくしてろ」
「うぅぅ・・・」
ここまで言い切られてしまっては、強引な伴侶様が折れてくれることはないだろう。
穏やかな眠りはまだしばらく与えられないと確信して、綱吉は何処よりも安心出来る腕の中で呻いた。
「・・・あ!」
「今度はなんだ?」
シミ一つないリボーンのスーツが汚れきった綱吉のシミを貰って汚れている。
それを全く気にしていない様子のリボーンの首へと腕を伸ばして、遠慮もなくもう少し近くへとくっつく。
「まだ言ってなかった。・・・お帰りリボーン。無事に帰って来てくれて嬉しいよ」
「・・・お前が怪我してちゃ意味がねーけどな。・・・ただいま、ツナ」
風呂場へとあと少しの所で足を止めたリボーンと、暫しお迎えの挨拶として唇が重なった。
***
怪我をした腕には丁寧に防水処理が施された。単にラップとタオルとビニール袋でコーティングされただけだが、悪化するよりはいいだろう。
片手で髪や身体を洗うのは結構手間の掛かるものだが、今夜丁寧すぎるほどにリボーンが全身を磨いてくれたのだ。
疲労による眠気は少し落ち着いたが、それ以上に暖かくて柔らかな空気に綱吉はほぅっと溜息を零した。
「今日は妙に優しいね?」
「俺はいつでも優しいぞ。おら、目閉じてろ」
「ん、」
さばーっと流れていくお湯に、泡が洗い流される。
全身すっきりしたところで、再び抱え上げられて湯船の中へと沈められた。
もちろん、身体はリボーンの膝の上だ。右腕を浸けてしまわないように気を付けながら、ぬるめのお湯に再び意識が緩やかにまどろみそうになる。
「・・・腕だけじゃねぇな。身体中に細かい傷ついてんぞ。銃創かこれは。何があった?」
「・・・んー」
心地良さに眠ってしまいそうになりながらも、先ほど分けて貰えた炎のエネルギーは無駄ではなかったのだろう。
リボーンの胸を背凭れに全身の力を抜いていた綱吉は、問いかけられた声にゆっくりと目を開く。
「俺も大人になったからね。多少の嫌味言われたって、平気な顔して笑ってられるよ」
元々妙な噂の多いファミリーだったのだ。どうしても一度としつこいのでわざわざ呼び出しに応じてみれば、始まったのは妙に沢山居るらしい孫自慢だ。
孫といっても皆綱吉より年上の女性たちで、確かに美人ではあったが綱吉はそんなことで揺らぐほど軽い人間ではない。
それに綱吉が中学時代から彼の周りは妙に見目の良い様々なタイプの美人や美形が揃っていたので、今更平凡な美人程度には感動も何もなかったという方が正しいか。
「嫌味?」
「“ニッポンジン”は幼いとか子供みたいだとか細いとか弱そうだとか。威厳がないってのも言われたなぁ・・・」
「ま、間違ってはいねぇな」
「もう!・・・でもそうなんだよねぇ。俺のことはまぁ良いとしてさ。問題はあのヒトの矛先が俺のファミリーに向いたことだ」
結局先方が何をしたかったのかと冷静になって考えれば『いい歳してもまだ独り身の綱吉に美人な嫁を』、ということなのだろうが余計なお世話だった。
付き添いが綱吉至上主義の獄寺だったことも悪かったのかもしれないが、そのまま男に走る前にまともな嫁を、ボンゴレには居ないでしょうなぁこんな器量良しの嫁など!かっかっか!・・・と高らかに笑っていたのだ。
「ふん?で?」
「で?って、何が?」
「その経緯でどうしたらお前がこんな怪我負う羽目になるんだ?」
「・・っ!」
ぱちゃりとリボーンの腕が湯船から出て、濡れて張り付く綱吉の髪を撫で付けた。
今日はひたすら甘やかしてくれる気らしいリボーンのそんな動作に照れるように視線を彷徨わせて、頬を染める。
「・・・って、言ったら・・・孫には敵わないって虚仮にされたから・・・」
「ん、なんて言ったんだお前は」
「・・・こ・・『恋人が居ますから』って言ったら!お前のこと貶されて、俺冷静じゃ居られなくなって、それで」
「は、大方グラスでも握りつぶしたか?お前の血を見て暴走した獄寺と諌める立場のお前が便乗して大暴れ」
「見てたの!?」
「・・・分かるだろ、単純だからなお前のココの作りが」
ちゅっと音を立てて額に口付けられたそれは、貶されているのに酷く甘い。
「いつも言ってるだろうが。キレても良いが冷静な思考だけは忘れんな。・・・例え俺やファミリーを傷付けられてもな」
「・・・むぅ」
納得のいかない顔を浮かべている綱吉の頬は膨れている。
今幾つになったんだったかと思考したリボーンだが、一瞬で考えるのを止めた。綱吉が綱吉である以上年齢など無駄だから。
「で、相手はどうなったんだ?」
日本式湯船から抱えられたまま風呂場を出た綱吉は、タオルに包まれるのも何もかもされるがままでまた抱え上げられた。
今度下ろされるのはベッドの上なのだろう。濡れたままの髪ももうどうでも良くて、リボーンの顔を下から見上げる。
「勿論跡形もなく。あ、でも誰一人死んでないからそこは安心して」
「別に聞いてねぇぞ」
綱吉と獄寺の二人VS小物と言えどマフィアファミリー全てでドンパチやって死人ゼロ。
そして相手を崩壊まで潰して来たというのだから、力の差は歴然だ。
綱吉の炎は主に建物や資料資材などに向けられて放たれたのだろう。更に援護が獄寺なら確かに跡形も残っていまい。
人間が誰一人死んでいないのなら再起は可能だろうが、ボンゴレに喧嘩を売ったファミリーにどれくらいの人間が残るかが問題だ。今までの勢力を手に入れるだけでも一代二代では足りないだろう。
「俺の家族に喧嘩売るならそれなりの覚悟持ってもらわないとね」
「・・・ふむ」
下ろされたベッドの上で、リボーンは少々考え込むような顔をした。
しないのならば少しくらい眠りたいと考えていた綱吉は、続けて吐き出されたリボーンの言葉に眠気が吹っ飛んだ。
「式でも挙げるか」
「へ?」
「内輪での報告はしたが世間的にお前はまだ独り身だぞ。だからお前に嫁とかいう話が出てきたんだろうが」
「は?」
「そろそろ煩くなるだろうとは分かっていたんだぞ。お前最近妙に色気が増して来たからな」
「え!?・・・えっと」
「これ以上周りが煩くなる前にとっとと俺のモンにするぞ。誰もお前に手を出せんように大々的に告知してやる。楽しみにしてろよ?」
「・・・・ハイ」
それ以上に男同士の結婚とかどうするつもりだとか色々考えが浮かんだが、口から出たのは肯定の言葉だった。
気圧されての言葉でもその反応に至極ご満足いただけたような先生は、意地悪そうな表情を浮かべてようやく綱吉の上に重なってきた。
翌日、ナッツを匣から出してやれたのは太陽も天辺から僅かに傾き始めた頃だったのは想定の範囲内ということで。
昨日の大暴れと本日の朝寝坊のために、大幅にずれ込んだ仕事に走り回る羽目になった綱吉の物覚えが悪く都合の良い頭は、リボーンが宣言した爆弾発言をすっかり隅っこに追いやってしまった。
全てを思い出した時には既に色々と手遅れで、展開について行けずに絶叫を上げるのはまた後のお話。
⊂謝⊃
『ふぁみりー!』、思いついたらの連作でいいんじゃないかと思い始めてます。
今回はもうちょっと練り練りしたいので短くても二つに分けてやります。
べ、別に後半思いついてないとかじゃないんだからね・・・!(後半まだ真っ白ですが何か)
斎藤千夏* 2010/09/06 up!