A*H

24→27(R27中心)ある意味人外パラレル

「ツっくんは、神様に愛されているのね」
「ぅえっ、ひっく・・・かみ、さまぁ・・・?」
生まれて数年を過ごした外国から、両親の出身国である日本へ引っ越した早々のことだった。
最初はものめずらしさから構われてはいたが、人よりとろくて、物覚えの悪い身体の小さい子供は、通い始めた幼稚園で真っ先にいじめの対象にされてしまった。
暴力を振るわれているわけではないけれど。
誰にも構われず、意識的に無視され、ひとりでいることが多くなってしまった綱吉には、それは酷な現状であることは確かだ。
これまで過ごしてきた毎日の中で、たくさんの人に囲まれて、たくさんの友達が居て、誰もが綱吉を守って側にいてくれた日常から突然孤独になってしまったのだから。
さみしいと、悲しいと、ぽろぽろ涙を零す幼子の頬は、泣き腫らして真っ赤に染まっている。
そんな頬を優しく拭って、母親である奈々は優しく、微笑んでうなずく。
「ううん、神様だけじゃないわ。今は遠くにいるけれど、みんなみんな、つっくんのことを愛しているわ。勿論、私も。・・・だからもう、泣かないで」
「うー・・」
止まらない涙は、ぽろぽろと零れて、こつんこつんとフローリングの床を叩く。
感情の波が収まらない子供がこれ以上、この涙を流してどうなってしまうのか。
揺らめくオレンジの光。
この血筋が、愛した夫の血筋が、何か特別なものだとは、訊いていたけれど。
「必ず、みんなにまた逢えるわ。・・・だから、泣かないで。ねぇ笑ってちょうだい、ツナ・・・」
突然の別れは大人でさえ辛いのだ。幼い子供にそれを理解しろとは言わない。
けれど、それは何もかも、特殊な血を色濃く継いでしまった息子のために。
涙を結晶化させてしまうなどと、誰にも知られてはいけない特異な異能を持つ綱吉を・・・守るためであるのだから。

*Drop*





誰しも、人に言えない秘密を一つはこっそり胸の奥に持っている。
この世の中からすれば、ありきたりの・・・いや、どちらかと言えば出来損ないの人間であったとしても。
「うー・・・」
鳴り響く目覚ましのうるさい音色に意識はうっすらと浮上するが、毎日毎日聞き慣れてしまえばもう効果はない。
伸ばした腕で音を止めた体勢のまま、今度こそ夢も見ない心地よい二度寝に移ろうとしていた時。
「このまま起きるか永遠に眠るか、選べ」
同時にカチリと突き付けられた音は遥かに目覚まし時計より小さいと言うのに、体は反射で起き上がって両手を頭上に挙げた。
「相変わらずすげぇ頭だぞ、ツナ」
「もっと普通に起こせないのかよ、リボーン!」
猫毛のくせにぴんぴん跳ねてしまっている頭はもう、水だろうが整髪料だろうが直しようがないのだ。
寝相のせいでよれたパジャマの袖で、朝日の眩しさにくらむ目を擦りながら、綱吉は暗い溜息を吐いた。
朝からばっちりスーツを着こなしているお子様には微塵の隙もなく、起き抜けのよれよれの綱吉とは随分な違いだ。
烏の濡れ羽とでも言うのか、光沢のある黒髪に、黒曜石の瞳。肌だけが違和感を感じるほど白くて、整った容姿はいっそ人形じみている。
それでも見た目に反して反則的な性格をお持ちのお子様は、確実に人形などではなく、綱吉にとっては恐怖の家庭教師さまなのだった。
「まったく、いい加減一人で起きるくらいしやがれ。そんなんでボンゴレのボスになれると思ってんのか」
「ならない!ならないよ!俺は一般人で、何の取り柄もないダメツナなの!」
パジャマを脱ぎ捨てて制服に着替えながら、小さい視線を上げてくるセンセイに首を振る。
見た目はほとんど五歳児くらいであるはずの子供は、数週間前に突然綱吉の元に現れた『家庭教師』だ。
子供だとて侮るなかれ。
現時点で14歳の中学生である綱吉は、たった五歳の子供であるリボーンに学力も体力も全く敵わなかったのである。
冷静に考えれば、手馴れた様子で銃を扱う仕草も、その知識も体力も、全く異質としか言えない謎な子供だけれども、綱吉は彼と過ごすこの短期間のうち、それをそのまま受け入れつつあった。
普通なら悔しいとか存在が気味が悪いとか、否定する状況であっても、事実は現実なのだからと順応力は並ではない。
また、リボーンがここに居る理由を知っている癖に一般人を主張する綱吉に、リボーンは冷たい視線を向けた。
「あぁ?誰が一般人だって?」
「だーかーらー・・・ぅげっ!」
着替えを終えた途端、額を思いっきり蹴られて再び背中からベッドへダイブする。
「何すんだバカ!」
「ほう」
ジンジン響く痛みに涙目で訴えれば、いつの間にか乗り上げてきたリボーンが胸の上に陣取っていて、にやりと不適な笑みを浮かべて下さった。
「・・・あの、り、リボーンさん・・・まさか、あの・・・」
「わかってねー様だからな。泣かす」
「うぁああごめん!ごめんなさいっ!俺が悪かっ・・・あははははは!!!」
つねられたり叩かれたり蹴られたり。はたまた擽られて笑わせたり。
とにかく方法は何でもいいらしいが、一度リボーンが『泣かす』と言えば、実際に涙が零れるまで止めてくれないのは経験済みだった。
「あは、ははは!・・・ひっ、ぁ、あ、も、だめ、止めてリボー・・!息、出来な・・・!」
今回は後者であったらしく痛いよりマシだが、既に酸欠で苦しむ綱吉の顔は真っ赤だ。
涙で潤む視界に揺れて、リボーンがどんな顔で綱吉を眺めているか気付かないが、首を振って、細い肩を押してもがいてもびくともしない。
息苦しさにぎゅうと目を瞑って、大きく息を吸う。
同時に熱い雫が頬を流れて、リボーンの悪戯な手も止まった。
はーはーと荒い呼吸を整えていれば、涙の流れた濡れた頬を優しく拭ってくれる唇に目を開く。
まさに会った瞬間からあの手この手で泣かされた相手だけれど、綱吉が泣いたあとは慰めるように触れてくるリボーンの唇には、何故かほっとするのだ。
涙の零れ落ちた左目とは逆の右目に溜まった涙も、ちゅうと恥ずかしくなるような音を立てられて拭われる。
「ったく、相変わらず甘ぇ」
「き、気に入らないなら、わざわざ泣かしてまで舐めなきゃいいだろ!?」
「てめーしかいねーんだ。仕方ねーだろ諦めろ。・・・ま、いい。時計見てみろ」
軽い動作で俺の上から飛び降りたリボーンは、満足した顔で爆笑して疲れ果てた俺に時計を促した。
瞬間、思考が停止して、その一瞬後には慌てて飛び起きた。
「うぁああ時間!遅刻!またヒバリさんに殴られる!」
シーツに転がる小さな雫型の結晶を掴み上げて、リボーンは満足気に光に透かす。
透明に近い雫は、けれども少しだけ橙色を帯びて、きらりと光を反射した。
「おいツナ」
「なに!?」
「俺の前以外で泣くんじゃねーぞ。例え雲雀に殴られても、だ」
「わ、わかってるけど、って、そもそも今日のはお前にも半分原因が・・・」
会話している時間さえもったいない。ばたばたとかばんを引っつかんで部屋から飛び出す。
「ぎ、ゃぁあああ!!!」
視線をリボーンに向けていたのが悪かった。踏み外して、どかんばたんと階段を落ちていくのも毎度のことで、リボーンはにやりと笑みを浮かべた。
階下ではまた痛みに涙を浮かべているのだろう。
リボーンの・・・アルコバレーノの力の源である、『炎の雫』を零しながら。

 

***

 

とりあえず、再びリボーンに絡まれて涙を貪られたため朝食を摂る暇もなく、綱吉は学校へと息を切らして走っていた。
「ホントに、リボーンの奴・・・!」
リボーンが綱吉の前に訪れて色々訊かされた話だが、はじめは冗談だと思っていた。
実は綱吉はイタリアを拠点とする大マフィア・ボンゴレの初代の血を継いでいるだとか。
リボーンは実は人間じゃなくて、ある特殊な力を持った石を糧にして生きているなにやら特殊な生き物なんだとか。
その石はとても貴重で、それを生み出せる力を持った人間にしか作れなくて、だからこそ狙われてしまうから力を持った盾、つまりは大マフィアの名前と手下共が必要なんだとか云々かんぬん。
綱吉にはそんな心当たりがないでもなかったが、よくわからないと首を傾げたらいきなり蹴られた。
かなりイイ所に入った蹴りの痛みにうめいていたら、小さな手の平がこれまた自然に顎の下へと伸ばされて、浮いた涙をぺろりとやられたのだ。
そう。それが最初。なんだか懐かしいなんて思ったのは一瞬で、交わった視線ににやりと不適に笑われた。
あの頃はまだリボーンも小さかった。本当に赤ん坊くらいだったのに、綱吉の涙をぺろぺろやるうちに今では5歳程度にまで育ってしまった。・・・ほんの、数ヶ月前のことであるけれども。
この事実からして、確かにリボーンは人間ではないし、綱吉がその『石を生み出せる力を持った人間』ということに間違いはないのだろう。
おぼろげな夢で見たように、綱吉は幼い頃から涙を結晶に変化させて泣いていた。
あの頃は、泣き虫だったのだ。
嬉しくても悲しくても、ぽろぽろ零す涙を、母親である奈々は苦笑交じりに拭ってくれていた。
奈々は綱吉が泣くことを怒る訳ではなかったけれど、泣かないでと、よく慰められていたのを覚えている。
子供の涙に困る親は確かに多いけれど、母親がどうしてそこまで悲しげな顔をしていたのか。
その理由に気付いたのは、他の子供が怪我をした時に泣き喚いた現場を見てからだ。
普通の子供は、泣いてもその涙が硬い石になったりしないのだと。
自分は人とは違う。もしかしたら、人間じゃないのかもしれない。これは、他人に知られてはいけないことなのだ。
だからこそ、泣いてはいけないのだと、知った。

 

***

 

「・・・っ〜!」
視界は緩く歪むが、意地でも涙は零さない。
不本意にもリボーンに扱かれるうち、打たれ強さだけは適度に身に付いていたらしい。
「ごめんなーツナ。朝迎えに行ってやれなくて」
「い、いいよ!寝坊したのは俺が悪いんだし、山本は朝練だったんだろ?気にしないで!」
へらりと笑えば、頭に出来た立派なたんこぶをよしよしと撫でられる。
なんだか小さい子供扱いをされている気がしないでもないが、山本は別になにも考えていないのだろう。
自分とは違う大きな手の平を羨ましいとぼんやり眺めていれば、がらりと音を立てて担任が入って来た。
「えー・・・今日は転校生を紹介するぞ。ほら、早く席に着け」
綱吉が風紀委員長に遅刻の罰を頭に貰い、駆け込んだ教室内ではHRが始まっているはずだった。
けれど、 ざわついた教室内ではHRが行われているどころか、担任の姿さえない。不思議に思った綱吉だったが、親友である山本に笑顔で来い来いと招かれて、朝の顛末を語っていたのだ。
山本との会話に夢中で全く気付いていなかったが、担任の掛け声に従って着席したクラス中が何やらそわそわしている。
「転校生男の子かな?」
「今度こそ可愛い女の子希望だな!」
「ううん、今度も絶対カッコいい男の子よ!!」
あぁなるほど。
ひそひそざわざわと交わされる会話に、綱吉は納得した。また微妙な時期の転校生だなぁ。HR遅れたのそのせいかな?ラッキー・・・など、暢気に考えていたのだけれど。
「「「「キャー!!!」」」」
鳴り響くと表現すべきか。耳を通り抜けていった大音量の黄色い声に綱吉はそのまま机に突っ伏すハメになる。
同時に今朝雲雀に貰ったたんこぶを前の席の背凭れにぶつけてしまい、身構えていなかった突然の痛みにじわりと涙が浮く。
「お、おい!ちょっと君!挨拶!」
キャーキャー騒ぐ女子の声に紛れて、焦るような担任の声が聞こえるが、綱吉はまさに今それどころじゃない。
けれど、 カツコツと上靴のくせにカッコいい足音を立てて入ってきたらしい転校生が、どうしてか隣に立ち止まった。
「顔上げやがれ」
「・・・へ?」
乱暴にも前髪を掴まれて持ち上げられた顔の目の前には、これまた煌びやかな金色が目に映った。
同時に、懐かしい透き通った空の色に射抜かれているうちに、油断しまくった涙が一筋頬を流れる感触に蒼褪める。
ばれてはならないのだ。家庭教師に、あれだけ叩き込まれたこの涙の貴重性。
こんな日本の片隅の中学校でこの涙の意味を知っている人間が居るとは思わないけれども、特殊は人目を集めてしまう。人の噂に戸は立てられない。このまま人生終わるのか・・・!
「・・・ひ!」
「・・・久しぶりだなコラ。まだ泣き虫なのかお前」
まさかの感触だけれど、ぺろりと舐められた。クラスの中心で前髪掴まれて、濡れたほっぺたをぺろり。
確かにばれたくないとは言ったけれど、ここは日本で、そんなスキンシップ誰だって引く。
静まり返った教室に居た堪れなくなりながら、とりあえず見上げてみれば、 やっぱりどこか懐かしい金髪がえらく男前になって目の前にある。
「・・・久しぶり?」
懐かしい、などと不思議な感覚に首を傾げれば、掴まれていた前髪は離してもらえた。
「まさか忘れたとは言わせねーぞコラ。泣き虫の綱吉。あぁでもお前、コッチも軽かったからな」
こつんと頭を殴られて、手加減はしてるんだろうけどそれは一般人には凶器だって思いながら、この衝撃と金色、空の青にこの口調。
「・・・まさか、コロネロ?コロネロ・・・!?」
「そうだぜコラ!でかくなったなツナ!」
きらっきらの笑顔でいきなり脇を持ち上げられて振り回された反射で、目の前のえらく太い首にしがみ付くハメになった。
とりあえず、唖然とした教師と、絶句したクラスメイト。なにやら笑顔が怖い親友の視線は無視することにする。


突然現れたイタリア時代の幼馴染は、予想以上の男前になって遠い日本へ追いかけて来てくれたらしい。
おぼろげな記憶の中で、もっとたくさん居た幼馴染をぼんやりと思い出しながら、それでも再会に嬉しそうな笑顔を零した。





⊂謝⊃

涙が石になる綱吉とそれを糧に生きるアルコな物語。妄想の産物です(笑)
これはもうずっと前から書きたい書きたいと妄想してて、合同誌でついに我慢できず書いてしまったもの・・・の、中学生時代ですね。(合同オフ本では10年後のらぶいちゃ・・・/笑)
というか、コレがオフ原稿の原型。もっといちゃつかせたくて手っ取り早く年齢を上げてみた。(笑)
のんびりゆっくりほのぼのとしたちょっとえちい話が書けたらいいなぁと思います。
・・・えぇ、アルコはツナのケツ狙います。(せめて伏せなさい)

ちなみに、そのオフ本はこちら

斎藤千夏* 2009/11/18 up!