*甘い、あまい・・・*
コロネロと別れて連れて行かれた先は生徒会室。
リボーンの言う通り休日なのにも関わらず、生徒会役員たちが忙しそうに動き回っている。
「・・・忙しそうだよ。俺、邪魔じゃない?」
「俺の隣で勉強してるだけだろうが。構わねぇよ」
リボーンはそう言ってくれるけど、やっぱりいざ生徒会室に入った途端、驚いたような視線が集中した。
休日返上で頑張ってる人たちからすれば、休みの日まで生徒会長を独占しようとする俺は異様に見えるだろう。
居た堪れなくて俯きかけた俺に、「堂々としてろ」とリボーンの声がかかる。
ついでにリボーンがさりげなく室内を見渡したそれだけで、手の止まっていた役員の人たちがまた忙しく動き始めた。
「おいパシリ。茶。二人分」
「一人だけ休憩に出ておいて早速それですか!?それに俺はパシリじゃない!」
「返事するお前もお前だろうが」
「無視したらしたでアンタ手が出るでしょーが!」
リボーンと言い合っているのはどうやら二年生の子らしい。
一瞬見た目に驚いた(化粧と顔ピアス・・・でも生徒会役員・・・)けど、俺よりよっぽど出来る子なんだろう。
リボーンは誰にでも優しいのかと思えばそうでもなくて、親しくなるほど扱いや言葉が荒くなるみたい。
パシリでも何でも、この子がリボーンに使われてるってことは、その能力を認めてるってことだ。
仲良くなり始めて、クラスの中じゃ判らなかったりボーンの性格もなんとなく見えてきた気がする。
でもそれで言えば、まだまだ気を使われてる俺は、俺が思うほど仲良くなれてないのかもしれないけど。
「あ、じゃあ俺が淹れるよ。物の場所だけ教えて貰っていい?」
「え?アンタは・・・」
俺と視線を合わせたその子は、一瞬俺をうかがうような顔をして見せたけど、その視線が俺の後ろに流れたところでいきなり顔色が蒼白になった。
「え、何で?・・・あの、大丈夫?貧血?」
「気にするなツナ。頑丈だけがとりえのパシリだからな。何もしなくていいぞ」
最近の定位置になりつつある生徒会長の机の横に置かれた椅子へ、強く腕を引かれて座らされてしまうが、俺はもう一度立ち上がって首を振る。
「あの、生徒会の手伝いとか、俺には無理だけど。お茶くらいなら淹れられると思うんだ。俺がここに居ることで迷惑かけてると思うし、これくらい・・・手伝わせてくれないかな?」
近くに立つリボーンは、俺の頭一個よりもう少し背が高い。下からとはいえ、こんなに近くで見上げても格好良さは変わらない。思わず、ちょっと顔が赤くなってしまう自分に気付きながらも、断られたくなくて必死に視線をリボーンに向ける。
「・・・あ、あぁ。なら、頼むぞ」
「本当!?ありがとう!」
リボーンの気が変わらないうちにと、立ちすくんだままの後輩君を引っ張って、多分ココだろうという小部屋へと入り込んだ。案の定、二人立てば目一杯の隙間にガスボンベ式のカセットコンロとか食器棚、水道とかがある。
でも肝心な道具の場所はわからないからついてきて貰ったんだけど、後ろを振り返った後輩君はまだ驚いたような、戸惑ったような仕草で固まったままだ。
「あの、名前、何かな。まさかパシリ君じゃないよね」
「当たり前です。俺はスカルって名前ですけど・・・沢田先輩?」
「え、俺のこと知ってるの?」
棚を漁りながら、呼ばれた名前に少し驚いた。けど考えてもみれば、生徒会長と変なうわさになっておきながら、未だに堂々と生徒会室に入り浸るヤツの名前を覚えないほうがおかしい。
「あ、いえ。あの噂のことではなくて。沢田先輩について喧しい先輩が二人ほどいるもので」
沈んだ俺の顔色に気付いたんだろうか。慌てるスカル君にそうなんだ、と返してその二人を想像した。
「その二人って、リボーンと・・・コロネロ?」
「・・・そうです」
喋りながらも、俺は手早く手元を動かして、スカル君の出してくれた紅茶を用意する。
ついでだし、今居る他の役員の人にもと呟けば、スカル君はちょっと嬉しそうに笑ってくれた。
「それにしても慣れてますね。先輩が煩いからティーバッグとか使えなくて、面倒くさがって誰も淹れないんですよ」
「あぁ、だから結局スカル君が淹れる羽目になるわけだ」
「・・・まぁ」
くすくすと笑えば、ちょっと驚いたような照れたような顔が上にある。リボーンやコロネロと比べると背も低いし身体もまだ細いけど、化粧を落としたってピアスを取ったってかなり格好良いんじゃないんだろうか。ちょっともったいないと思っても本人が好きでやってることに口出しはしない。容姿に関しては文句なんて言える立場じゃないし。
二人でくすくす笑ってると、いい加減待てなくなったらしいリボーンの怒声が響いた。
「パシリ!遅ぇ!!」
「もう、なんでそこでスカル君を怒るのリボーン。・・・はい、お待たせ」
本当はリボーンが紅茶よりコーヒーが好きなんだって聞いたことはある。でも、好きだからこそ中途半端なものは許せないらしくて、自分が合格と思わないものはあえて口もつけない。だからこその妥協案で紅茶らしいけど、これにも結構味に煩いって聞いた。恐る恐る差し出した紅茶に、リボーンがゆっくりと口を付ける。
「・・・どうかな?ここの場所使わせて貰う代わりに、これくらいなら出来るけど・・・大丈夫?」
「・・・あぁ、ちょうど良い感じだぞ。美味い」
「よかった・・・!」
安心して、他の役員さんたちにも配っていく。手渡す時に気付いたけれど、うわさであれやこれやと陰口を言う人たちとは違って、彼らは俺に対してとても丁寧だった。考えてみたら、部外者が居たら気になるよね。向けられた視線の理由は、しょせんその程度で、俺自身自意識過剰になってたのかもしれないと反省する。
「ツナ」
「なに?」
ちょっと安心した所で、書類をめくるリボーンの横に腰を下ろして置いてあった中二の参考書を開いた時、ちょっと机から乗り出したリボーンがこちらを見つめていた。
やっぱり紅茶まずかったかなと内心ドキドキしながら次の言葉を待てば、予想外の一言が振ってきた。
「ツナに茶汲みさせるのは心苦しいが、場所代として気になるならそれでかまわねぇぞ。ただ・・・俺にも何か礼が欲しい」
「お礼?」
この間は感謝の言葉が欲しいとか言ってたけど、やっぱりそうだよね。こんなに忙しいのに俺の面倒まで見てくれて、考えても見たらリボーンだって立派な受験生。幾ら頭がいいからって、俺ばっかりに構ってられないはずなのに。
「あの、でも俺あんまりお金とか持ってなくて」
「そうじゃない。俺が欲しいのはだな」
伸びてきた指が俺の唇の端をそっと拭う。リボーンの指についたのは弁当のケチャップだ。
「これがいい。明日から、俺の分作って来いよ。お前がな」
「え、えぇ?」
付いてたケチャップ拭われたのも恥ずかしいし驚いたけど、リボーンならお弁当の一つや二つ作ってくれる女子くらい居るだろうに、よりにもよって俺?
作ることに問題はないけど、朝と言えばつきまとうのは時間との勝負だ。頻繁に寝坊する俺だから、自分の分だって滅多に作ったりしないのに。だから、起きれるか不安だと言えば、リボーンは片手を俺に差し出した。
「携帯貸せ」
別に拒否する理由も無いので、素直に渡す。実は買ってもらったばっかりなのだ。
居残りで遅くなったり買い物の頼まれごとだったり、何かと連絡することが増えたから。本体のオレンジも縁取りの黒もまだ傷ひとつないけれど、殆ど母さんとコロネロ相手にしか使わないので中身も綺麗なものだ。
カチカチと手元で操作したリボーンは、一分もしないうちに返してくれた。
「ほら。毎朝起してやるからちゃんと起きろよ」
「え?・・・ええ?」
それは、モーニングコールしてくれるってことなんだろうか。
そこまでして俺の作った弁当が欲しいなんてちょっと気恥ずかしくなりながらも、開いた携帯には新しく『Reborn』のアドレスが増えていて、緩んだ顔がしばらく治らなかった。
8. ささいな喧嘩
勉強を教えて貰う変わりにお弁当を作るって約束したおかげで、俺の遅刻もめっきり減った。
まぁ・・・まだゼロじゃないんだけど。
寝坊した時は風紀委員の厳しい罰則よりもリボーンの方が怖いから、俺に関しては諦めていた担任が驚くほど、確かに遅刻の数は減ったのだった。
リボーンの(もはや)教育はスパルタだ。手が出て来ないだけマシかもしれないけど、精神的に追い詰められるような圧迫感に耐えながら何とか参考書を解く毎日。もちろん学校の宿題も忘れたらおしおきだし、リボーン自身から出される宿題や、携帯でやりとりするようになってからは、休日も不意打ちのように問題をメールで送ってこられたりする。
リボーンによって思いっきり生活改善された俺は勉強疲れに早く寝るようになったし、あんなに好きだったゲームも漫画も触る時間さえない。でも、そんな毎日が良い感じに充実していて、あんなにやる気の無かった俺はどこに行ったんだろうって自分でも思う。こんな生まれ変わったような俺を見て、近頃の母さんはリボーンに感心しっぱなしだ。
「・・・っと、こう、かな・・・?あれ?」
今日は休日。コロネロも試験休みで練習もないとかで、俺と一緒に期末試験の勉強中だ。
夏休み前のテストだからこそ、落としたら問答無用で補習を食らう。中学だし、留年なんてないけど俺たちはこれでも三年。来年には高校入試っていうでっかい壁が待ち構えてるんだ。
勉強がわかってくるにつれ、解らない自分自身に焦りが出る。本当はリボーンも呼びたかったけど、他に用事があるってことらしくて来ていない。でも、 いつでも電話とかメールしてきて良いって言ってくれたから、悪いと思いながらも詰まった箇所をメールで送ってみた。これでも一応遠慮して、俺から電話は今まで一度もしたことがない。
毎朝、モーニングコールで受けてるけど。
リボーンばっかりの着信履歴に苦笑して、パタンと閉じれば、手元をじっと見ていたコロネロがちょっと怖い顔で俺に視線を移してきた。
「・・・・また、アイツか」
「ん?あぁ、うん。リボーン、俺より俺が何をわかってないか知ってるからさ。的確なヒントくれるんだ」
答えは絶対教えてくれないけど、解き方や考え方のヒントはいつもさりげなく教えてくれる。
不意打ち問題は困ったものだけど、解らない時すぐに聞けるから最近携帯が手放せない。もう、操作も随分慣れた。
その相手がほとんどリボーンだってことが、なんとなく気恥ずかしいけど。
ずっとずっと目で追いかけるだけだったリボーンが、こんなに近い存在になったのが不思議。
その分、色々問題もあるけど・・・・やましいことは何にも無いんだし、言いたい奴には言わせておくことにした。
どうしてか、うちのクラスの人たちは俺とリボーンをそういう目で見ることはないから、居心地悪い訳でもないし。
俺たちのことを知らない誰かが好き勝手を言っていようが、ある意味俺には関係ない。
そう思えるのはやっぱりリボーンのお陰だけど、俺も少しだけ卑屈になるのをやめたのかもしれない。
「コロネロ、これわかる?」
「・・・・・・」
リボーンに問い合わせた問題とはまた別の問題。ようやく中二に追いついた俺の頭じゃ、テスト範囲だけでも詰め込むのは精一杯だ。それでも俺なりに頑張ってるところを見せたくて、リボーンも俺のために頑張ってくれた結果を残したくて、とにかく俺は必死だった。
だから気付かなかったのだけれど、久しぶりに顔を上げてみれば、一緒に勉強しているといっても殆ど俺の勉強を見てくれてるコロネロは、俺の質問に返事もしないでじっと俺を・・・睨んでる?
「・・・コロネロ、怒ってる・・・?」
「・・・あぁ。なんとなく、面白くねーぞコラ」
こんなに不機嫌そうなコロネロを見たのも久しぶりだ。何が気に食わなかったんだろうと聞こうとして、口を開く前にコロネロは立ち上がってしまう。
「帰る」
「えぇ、なんで!一緒に勉強・・・教えてくれるって」
「別に、俺が居なくても良いんだろうがコラ!天下の生徒会長様が教えてくれてんだろ?邪魔したな」
「待って・・・!コロネロ待ってってば!!」
俺の言葉に立ち止まりもせず、そのまま部屋から出て行く。慌てて追いかけても俺の足では間に合わず、玄関が壊れる勢いで帰られてしまった。
「・・・あらあ、どうしたの?コロちゃんがあんなに怒るなんて珍しい。ツナ、何したの?」
「俺は・・・なにも」
した覚えもない、といいかけた時、ポケットの中で携帯が鳴り響いた。
「その着信音はリボーン君ね。ツナ、まさかコロちゃんに教えて貰いながらリボーン君にも何か質問したりしなかった?」
「え、それは・・・その」
すぐ返事をくれるリボーンだから、わからないことがあったらメールで聞くことが当たり前になっていた。
目の前に教えてくれるコロネロが居るのに、顔も見ないで会話もしないで、俺はずっと携帯を触ってた。ずっと、すぐ近くのコロネロをほったらかしで、遠くにいるリボーンとばかり会話していたようなものだ。
幾ら幼馴染で気安い仲だからって、俺もそんなこと目の前でされたら嫌だ。
考えても見たら、・・・ううん考えなくても俺は随分とコロネロに対して相当失礼な態度を取っていたんだ。 コロネロが怒るのも、無理はない。
「お、俺、謝ってくる!」
「はい、いってらっしゃい。・・・・・・でも、きっと今夜のお夕飯は二人で食べることになるかしらね」
コロネロを追いかけて飛び出した俺に、母さんの最後の言葉は聞こえなかった。
手の中でメールの着信を知らせる携帯。
音だけを止めて、一緒に止まってしまいそうな息を思い切り吐き出した。
9. 温かい腕
中学三年ともなれば、好きな人が居たり、恋人がいたり、早いヤツは初体験まで済ませちゃったりしてるらしい。男子に比べて女子の方がそういう感覚が育つのは早いらしいし、確かに女の子って大人だなって感じることはよくある。
でも、そのガキっぽい男子の中で俺は相当ガキっぽいっていうかコドモなんだろう。
今までにも気になる女の子はいたけど、好きなアイドルとか芸能人とかそんな感覚で、喋れたら嬉しいって感じるくらいで特にどうこうなりたいと思ったことはなかった。
リボーンを知る前の俺は、ある意味小学生よりもコドモで、気になるのは晩御飯のおかずだったりゲームだったり漫画だったりした。自分自身の世界はとても狭くて、母さんと、コロネロがいればそれで全部。
コロネロは俺にとって一緒にいるのが当たり前の存在だった。幼稚園、小学校、中学まで、ずっと隣で、前でとろくさい俺の手を引いて歩いてくれた。
だから、俺はコロネロが大好きで、その隣にいることが何よりも安心する場所だったのに。
「ツナ・・・体調でも悪いのか?」
「・・・え、あ、ううん。だいじょうぶ・・・」
正面には、心配そうな表情を浮かべたリボーンがいる。心配は掛けたくなくて否定したけど、でもやっぱり弁当をつつく手は止まる。
体調は悪くない。けれど、食欲は全くない。
あんなに頑張って詰め込んでいた頭すら真っ白で、明日からの試験はきっと散々な結果に終わるだろう。
「それにしてもコロネロの奴、来なかったな。昼休み終わっちまうぞ」
「・・・ッ!」
動揺しすぎて、握り締めていたお箸を取り落としてしまった。慌てて取ろうとして身体を屈めれば、今度は弁当をひっくり返しそうになる。なんとかリボーンに受け止めて貰えたから、大惨事は免れたけど。
「どうした、ツナ」
「・・・」
リボーンに弁当を作る約束をしてから母さんに事情を話したら、二人作るのも三人作るのも同じだって事で弁当は俺の担当になってしまった。今まで俺とコロネロの分を作ってくれていた母さんがそう決めちゃったから、だったらってことで大きな重箱に三人分詰め込んで毎日登校している。
先週までは、一緒に食べてた。何故か最初は嫌そうな顔をした二人だったけど、結局三人で生徒会室で食べるのが当たり前になっていたのに。
「・・・コロネロと、ケンカしたんだ。考えてみたら、ケンカしたの、初めてかもしれない・・・」
「ほぉ。アイツがツナと。・・・理由は?」
「・・多分、俺が・・・ううん。これは俺が悪かったんだし、リボーンには関係のない話だよ」
あの晩から今まで、夕食どころか朝食も、昼さえコロネロは家に来なかった。こっちから訪ねて行っても誰も出ないし、夜になっても灯かりさえ付かない。学校には来ているようだけど、捕まえることは出来なかった。
携帯だってもちろん繋がらない。メールの返事も、届かない。
「・・・俺、自分勝手で自己中で・・・コロネロのこと振り回して・・・もう、嫌われちゃったかも」
暗くてごめんねと、精一杯笑って見せても、リボーンの心配そうな顔色は変わらない。
「いいから、無理して笑うな」
真っ黒な瞳が何だか泣きそうな俺を真っ直ぐ映してて、それが思いの他優しい色をしていて、我慢していた感情がいきなりあふれ出した。
だって、いつだって。俺はコロネロのお荷物だった。今頃きっと、俺から解放されて、清々してる。
これからはもう二度と、隣に立ってくれないコロネロ。もう二度と・・・?
このままケンカしたまま、元に戻れない?・・・離れ離れになる?
「あ、あれ?なんで・・・これ、止まんな・・・っ・・・」
こんなに泣くのは久しぶりだ。ボタボタと子供みたいで恥ずかしいと思うくらい、溢れ出る。
我慢しようと耐えても、止まらない。
次第に息がうまく吸えなくなって真っ赤になっていたら、頭が熱い何かに引き寄せられて、視界が暗くなった。
「・・・止まるまでこうしててやるから。好きなだけ泣いとけ」
「・・・ぅ、・・ん。ありがと・・・リボ・・ッ・・・」
ぎゅうと抱き込まれたリボーンの胸の中は、びっくりするほど大きくて、暖かかった。
余計に涙が止まらなくなる気もしたけど、ずっと我慢してた何かが壊れてしまったかのように、俺はしばらくリボーンの腕の中で、泣いた。
10. 謂れのない暴力(※オリキャラ・暴力的なシーン有り。)
色々あって少し遅れたけど授業に出るために生徒会室を出る。
まだ目が赤いから休んで行けってリボーンには言われたけど、とりあえず授業聞いていないと本当に散々なテスト結果になるだろうし、今は無駄な努力でも止めたくないから授業には出ようと思う。
それに、元々遅刻以外で意図的にサボることはない。俺は面倒くさがりだけどビビリでもあるから、今までもサボって怒られるよりは取り合えず授業には出て寝ている方が多かった。
でも、こんなことになるならリボーンの言う通り生徒会室でリボーンに授業して貰った方が良かったのかもしれない。
「・・・ッ!」
「あんたさァ・・・いい加減ウザイ」
「幼馴染だか何だか知らないけど?今までコロネロ君独占してたくせに今度はリボーン君?」
「マジありえないんだけど。いい加減、身体で判らせないと私たちの言ってること理解出来ないの?」
所詮女子、されど女子。男としても貧弱な俺は、俺よりも背の高い女の子の腕一つ振り払う力はない。
生徒会室から出て教室に向かう途中、階段を下りた所で後ろから突き飛ばされて転げ落ちた。全身が痛くて起き上がれずに呻いていたら、伸びてきた幾つもの腕に引き摺るように校舎裏まで連れてこられた。
相手の顔を見ようとしたけど、顔がわからないように帽子を目深に被ったりしていて良く見えなかった。
取り合えず弁解だと口を開いたけれど。
「べ・・・つに、独占してるつもりなんて・・・ぅあ・・!」
「口答えしないでよね。言い訳なんて聞きたくないし必要ないの」
打ち付けた背中を思いっきり蹴られた。まさかいきなり暴力を振るわれるとは思わなくて、しばらく呆然とする。
「男の癖に男に媚売るその気持ち悪い顔を、もっと可愛くしてあげようって言ってるのよ。ありがたく思いなさい!」
ガツガツと手加減なしに繰り出されるのは脚だ。顔を中心に狙ってくるから、慌てて腕で守るけどそれが気に食わなかったのか、顔以外にも蹴りが飛んでくるようになった。ついには頭を強く蹴られて、一瞬意識が朦朧とする。
「っ・・・!」
「聞こえているうちに言っておくわね。この忠告を無視してまだあの二人に付きまとうようなら、もっと痛い目に合わせてあげる」
あはははと幾つも重なる笑い声に、本気で背筋が凍るような恐怖を覚えた。そのとき。
「・・・何してんだコラ」
地を這うような声とでも言うのだろうか。ぼやけた視界を探れば、喧嘩別れしたあの時よりももっと鋭い目をしたコロネロがその場に立っていた。
「・・・コロ・・・」
もう、名前を呼ぶ気力もない。悲鳴と怒声が聞こえたような気がしたけれど、一瞬映ったコロネロの姿に安心した俺は、そのまますとんと意識を失った。
11. 機械越しの君の声
次に気が付いた時、俺は自分の部屋でぼんやり天井を眺めていた。
タイミングよく様子を見に来た母さんに大げさに心配されて呆れたけれど、手元で光る携帯を開いて仕方ないかもと思ってしまった。
「・・・三日経ってる・・・?」
「そうよ!もう、怪我も勿論驚いたけれど、夜から熱が上がってね。一時は救急車騒ぎにまでなったのよ」
何とか落ち着いて医者を呼べば、菌やウィルスとかの風邪じゃなくて、怪我が原因で発熱したらしい。
俺の場合意識がなくなるほど高熱になったのは、普段使わなかった頭を酷使したせいでもあるし、精神的なストレスが原因かもしれないとのことだ。
「母さんはね、ツっ君が頑張ってくれるのは嬉しいわ。でも、無理はしないで欲しいのよ」
「・・・うん。気をつける」
三日過ぎたとすれば、今回のテストは白紙で提出したようなものだ。
時間を作って教えてくれていたリボーンにも悪いことをした。そして、コロネロにも。
そこでふと気になった。学校で女の子たちに囲まれて、一瞬コロネロを見た気がした。その後から記憶がない。
「・・・母さん、俺どうやって帰って来たの?」
「かっこいい男の子に抱えられて帰って来たわよ。ツナ、いつの前にあんな男の子とお友達になったの?」
「・・・コロネロじゃなくて?」
「あら?コロちゃんと仲直りしたの?」
「・・・それは、まだ」
コロネロを見慣れてる母さんがかっこいいっていうのなら、それは絶対リボーンのことだろう。
あの二人以外に俺の周りにかっこいい人なんていないし。
「ケンカは出来るだけ早く仲直りした方が楽よ?」
「わかってるよ!でも、コロネロが俺と会ってくれないから・・・!」
母さんに当っても仕方ないってわかってるけれど、今までずっと溜まってた何かがはじけたように叫んでしまった。
びっくりしたように驚いた母さんにごめんと思うけど、数日寝込んだ身体から思いの他体力がなくなってて、そのまま俺はもう一度ベッドに沈む羽目になった。
「・・・母さんも悪かったわ。そうね、今はゆっくり休みなさい。後でおかゆ持ってきてあげるから」
「・・・ん」
部屋の電気は落とされて、 母さんは部屋を出て行った。
言われた通り眠ろうと思っても、今まで散々眠ったからこそぜんぜん眠くない。
目を閉じても考えるのは、ここ最近のことだ。
ずっと目で追いかけるだけだったリボーンと、勉強を教えて貰う口実で仲良くなれた。
俺はきっと、リボーンが好き。初めてだから、わからないけど。たぶんこれが好きってことなんだと思う。
コロネロはどうなんだろう。ずっと隣にいた、居てくれた幼馴染。親友っていうのとは、また違うけれど、友達というよりは俺とコロネロは兄弟に近い。だからこそ、怒らせてしまってから側に居なくなってしまった今はとても寂しい。
「俺は・・・どうしたいんだろう」
リボーンはコロネロの親友だ。本人たちは腐れ縁だとか悪友だとか言ってるけど、俺にはそう見える。
羨ましいって思う。そこに、悔しいって気持ちは無い。だって、二人とも俺なんかに向かって手を差し伸べてくれるから。
「・・・二人とも」
側に居て欲しいのか。
確かに、俺はあの女子たちに言われたようにあの二人を独占したいのかもしれない。
何にも出来ない自分だからこそ、離れたくなくてしがみ付いて、媚を売っていたのかもしれない。男の媚なんて気持ち悪いだけだと思うけど。あの二人は、側に居てくれたんだ。
リボーンは好きだから。コロネロは、安心するから。
なんて我が侭で、自分勝手なんだろうと思いながらも、今更どちらか一人を選べないし、手放せない。
「・・・俺、さいてー・・・だ」
これ以上考えても、きっと頭の中がぐるぐるするだけだ。少し熱も上がってきたような気がする。
大人しく寝ようと目を閉じて寝入りかけた瞬間、狙ったかのように握ったままだった携帯が震えた。
「・・・っと、もしもし・・・?」
『ツナ、大丈夫か?』
「・・・リボーン?」
あぁどうして。このタイミングでかけてくるんだろう。
「・・・大丈夫だよ、俺は、大丈夫」
リボーンは俺の欲しい時に、欲しいものを差し出してくれる。
低く心地良い声を機械越しに聞きながら、内心でやっぱり好きなんだと伝えたくて堪らなくなりながらも、他愛も無い話をしばらく続けた。
12. 唐突に奪われた
リボーンは話し上手で聞き上手。俺のつたない話でもうまく拡げてくれるから、会話に困ることはない。
口のうまいヤツには気をつけろってコロネロに言われたことがあるけど、考えてみたらコロネロは口下手な方。一緒にいても話すのはほとんど俺からで、コロネロから話題を振ってくることは珍しい。
だから本当は、コロネロはずっと俺と一緒にいることが辛かったんじゃないかって考えた。
幼馴染でも、俺たちはもう小さい子供じゃない。家と隣近所しか知り合いの居ないコドモじゃない。
そう考えたら、いくら謝りたいからって学校で追い掛け回したのは物凄く悪いことをしたような気分になる。
『・・・そうだ、ツナ。明日は出て来れそうか?』
「あ、ええと、たぶん、大丈夫だと思う・・・よ」
熱はもう随分下がった。怪我の方は元々軽い打撲とかそんなのだし、起き上がれないこともない。
少し気になるのは、自分で拡げて回ったうわさの行方だ。
元々のリボーンとのうわさに重ねて、無我夢中でコロネロを捕まえようとしていた俺は、明らかにうわさのネタを自分でばら撒いたようなものだろう。俺を呼び出した女子たちとは別に、あんなことをしてくる子が居ないとも限らない。
あの件に関してはそりゃあちょっと怖かった。不安もあったけど、不思議と怒りはない。
男の癖にリボーンが好きだとか、幼馴染だから側に居るのが当然だとか、自己中で傲慢で、本当にリボーンやコロネロを好きな女の子たちからすれば、怒っても仕方がないことを俺はやっていたのだ。暴力を振るうのはやりすぎだとも思うけど、それだけコロネロとリボーンを好きな女の子たちは多くて、熱狂的だということ。・・・だけど。
俺だって。
『ツナ。何も気にするな。お前が不安に思うようなことは金輪際起きねぇぞ』
「リボーン?えっと、何を」
『守ってやれなくて悪かったな。もう二度目はないぞ。誰もお前を傷付けられないよう、俺が守ってやる』
「・・・あ」
リボーンが謝ることじゃない。そう言いたいけど、頭の中が止まったように言葉が何も出てこない。
なんでこんなに格好良いなんて思ってしまうんだろう。俺も、リボーンも男なのにときめくってどういうこと。
耳元で囁かれた低い声にドキドキとうるさい胸をぎゅっと握り締める。
『ツナ?』
「あ、ええ・・・と」
もう言ってしまおうか。言ったらきっと引かれる。でも、こんなにリボーンは優しいから。でも、絶対迷惑だろうし。
その時、まるでタイミングを計ったかのようにバタンと部屋の扉が開かれた。
「・・・あ」
追いかけても探しても俺を避けていたコロネロが、仏頂面のまま手におかゆを持った状態で乗り込んできた。
顔を見ればまだ怒ってるんだとわかるけど、それでも俺の部屋まで来たのは母さんに押し付けられたかしたんだろう。
俺が電話中なのを見て取ると、眉間のしわを更に寄せて机の上におかゆを置いて出て行こうとする。
「待って!」
せっかくコロネロから来てくれたのに、謝ることすら出来なかったら後悔してもし足りない。
俺は慌てて電話口へと叫ぶ。
「ごめん、リボーン!また明日!」
『オイ、ツナ?』
リボーンには悪いけど、切らせてもらった電話は念のため電源まで切っておく。
その行動を見て取ったコロネロは、怖い顔を少し緩めていいのかと問うように首をかしげた。
「・・・あのね、俺コロネロに謝りたくて」
「謝る?」
「今まで、面倒ばっかりかけてごめん。もう、大丈夫だから無理に俺の面倒見ようとか、思わなくてもいいんだよ?」
リボーンがいるからとか、そういう意味はない。これ以上コロネロに面倒を掛けたくなかっただけなんだけど。
「・・・俺は、もう必要ない、か?」
「コロ・・・!違う、そうじゃない!俺は今でもコロネロの隣が一番安心できるし、コロネロになら何だって・・・!!」
言いかけた言葉は不意に途切れた。
部屋の入り口に立ったままのコロネロはいつの間にか目の前に居て、ベッドに座ったままの俺を見下ろしている。
「俺は、いつまでもお前の『幼馴染』で居るつもりはないぜ。それでも、俺を引き止めるか?」
「それがどういう意味か俺バカだからわからないけど、幼馴染とかそんなのは関係なくコロネロはコロネロだもん・・・。俺が側にいたって迷惑じゃないのなら・・・今更離れるとか考えたこともないよ」
真っ青な目が俺を見下ろす。海よりも鮮やかで、まるで快晴の日の青空のいろ。
薄い青に、不安そうな顔をした俺の顔が写っていた。少し近いと思った時にはもうピントが合わなくて、同時に柔らかい何かが唇に触れる。
「・・・コロ?」
一度ぎゅうっと抱きしめられて、熱がある俺でさえ熱い体温を感じた。
さらさらの猫毛が首筋に当る。力なくされるがままの俺は、背中がシーツに埋まったことにも気付かずにただぼんやりと天井を見ていることしか出来ない。
「・・・謝らねぇぞ。少しは俺を意識しやがれコラ」
そのまま二度三度と重なった唇に、熱い、柔らかい・・・と感じる以外の余裕はなくて。
溺れてしまいそうなコロネロの目を見つめ返すことも出来ずに、俺はただ強く目を瞑った。