A*H

2005年ハロウィン企画・・・<裏舞台>

裏1裏2裏3
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流れ流されてリハーサルは進む。
「『・・・わ、悪ふざけは、止めて下さい』」
セフィリオの視線から逃れるように顔を背ければ、背けた先に自分達を見上げる視線を捉えてしまって逆に始末が悪い。
「『・・・悪かったね。少し怯えているようだったから、何となく驚かせてみたくなったんだ』」
セフィリオの演技には無理がない。自然過ぎる彼の動きは、いつもの彼の雰囲気と微かながらに重なって、自分も演じている事を忘れられるのだけれど。
「『・・・怯えないで。そんなに、僕が怖い?』」
人の視線に晒されて緊張していたオミは突然顔を覗き込まれ、そのまま引き寄せられるようにセフィリオへと視線を奪われる。
「・・・っ『!・・そういう訳じゃ・・・』」
一瞬台詞をも奪われて、オミは慌てて台詞を続けた。
こんな人目の多い場所で、それでも彼に意識を奪われるとは。
気をしっかり持たないと、と持ち直して演技に集中しようとするが、今度は正面から顔を覗き込まれた。
少々不本意だが確かに見慣れた距離だけれども、こんな風に真剣な顔など珍しいからなのか。
見つめてくる蒼い瞳の奥に沈む彼の心まで伝わってくるようで、息が詰まって胸が苦しい。
「『・・・つれないな。僕は君が気になって仕方がないのに』」
セフィリオの手から小道具の本が離れる。本を放したセフィリオの手は、少し躊躇うような仕草を見せて、オミへと伸ばされた。
「・・・君のことをもっと知りたいと、もっと僕を知って欲しいと思ってる・・・」
言い切ったと同時に、ふわりと浮かんだ微笑みに、彼が纏っていた役の雰囲気は一気に柔らかく変わる。
というか、いきなり『役』を脱ぎ捨てて、本来の彼に言われたようだった。
「『っそ・・・れ、言う相手・・・間違えてませんか・・・?』」
「どうして?」
「『・・・あ、愛の告白に、聞こえます』」
慌てて下を向いて無理矢理演技を続けるオミだけれど、どうにも違和感が拭えない。
自分が演じているのは果たして『役』なのか、それとも本来の自分自身なのか。
このまま続けるべきなのか、止めるべきなのか迷ったけれど、セフィリオは何も台詞を間違えている訳でもないから性質が悪い。
「勿論。そのつもりで言っているのだけれど。・・・伝わってなかった?」
「『・・・でも』」
「一目惚れなんだ。・・・本気で運命だと思った。理想が目の前に現れたのだから」
微かに台詞に違和感を感じて、オミは首を傾げる。
オミが顔を上げるタイミングとなる言葉が綺麗に抜けていたような気がしないでもない。
「・・・あ、れ?今セフィリ・・・っん、ぅ・・・・!」
間違いを訂正しようと顔を上げた途端、近すぎるセフィリオの瞳に視界を奪われた。
どころか、言葉も呼吸までも奪われた。
「きゃあv」
「ふむ。やはりのぅ」
「・・・やっちまった」
外野から色々聞こえる。が、オミの頭は真っ白だ。
「・・・・・・・・・・・・・・」
ここでは確か、台本の通りならば、額に軽くキスされて終りだったはずだ。
それなのに顎を固定されて、呼気まで奪う勢いで思いっきり絡み付いてくる舌は。
「んぅ・・・っ!ふ・・・んー!!・・・も、ぅ!・・・な、に、するんですか!!」
真っ白になった頭は、ここが人前だということをすっかり吹っ飛ばしてしまっていた。
平手の小気味良い音が響いて、漸くオミもはっとする。
「・・ぁ・・・」
驚きついでについ殴ってしまったが、セフィリオはと言えば大してダメージも受けてない様子でいつも通り飄々と。
「・・・ねぇ、このシーンこっちの方が良くない?」
などと他の出演者に問い掛けていたりする。
「た、確かに雰囲気は出るわよね」
「運命の相手と再会するシーンだもん。・・・こっちの方が、盛り上がるけど」
「・・・・オミ、大丈夫?」
殴った反動で床にへたり込んでしまったオミは、その問いかけに思いっきり首を振った。
こんなシーン変更などあってたまるかと思っての返答だったのだが、彼女達はどこまでもセフィリオの味方だった。
「セフィリオさんも、言ってからやればいいのに。また殴られると続き出来ないし、もうちょっと軽いのでお願いしてもいいですか?」
「・・・そうだね。ここはベッドのある部屋でもないし、咄嗟のアドリブも無理があるか・・・」
・・・・・・勿論その小さな囁きを聞き取ったのは運良く傍に居たオミ一人きりだったけれども。
その答えに文句を言う前に、突然身体がふわりと浮き上がり、視線が高くなる。
「それじゃあこのシーンはキス有りで良いね?・・・じゃあ、一先ずオミは休憩しようか」
「ッ!!」
くすくすと笑う声が耳元で聞こえて、漸く抱き上げられていることに気付いた。
舞台の上では確かに相手役かもしれないが、これを本来の二人の仲だと誤解されるのは非常に困る。
いや、事実ではあるのだけれども。オミにはまだ、他人に知られる勇気はない。
・・・ないのに、セフィリオはそんなの知ったこっちゃない。
「ちょっ・・!降ろして、降ろしてってば・・・!」
「立てない癖に。・・・もっと甘えてくれて良いんだよ?」
「・・・・っ!」
ティントの一件からそれはそれは性質の悪くなったセフィリオの態度は、二人の関係を隠す気などまるきりないというそのものだ。
さも他人に自慢するように、真っ赤なままのオミの頬に軽く唇で触れて、くすくすと笑い声を零している。
「ごめんね途中で抜けるけど。オミと僕が出ないシーンを先にやっていてくれるかな」
またも文句という台詞を奪われたオミは、仕方なく弁解をセフィリオに任せ、彼の腕に抱かれたまま自室へと戻っていった。



†----------+----------†



「あぁもう!ひ、人前で・・・なんて真似してくれたんですか・・・・!!」
ベッドに下ろされたオミは着替えもしないまま、さくさくと着替えを始めている相手に向かって憤りをぶつけていた。
文句を言ってどうなる事でもないが、このままだと確実にバレる。もうバレているのかもしれないが、それでもせめて足掻きたい。
「そんなに怒らなくても。いつもしてることだろう」
「あー!!もう、どうせ言ったって聞きはしないんでしょうけど!この際言わせて貰いますよ!僕は確かに貴方が好きだと言いましたけども誰も彼にもこんな男同士の不自然な関係を受け入れてもらえる訳じゃないんですから!もっと周りを考えて・・・」
が、そこまで一気に言ったオミの言葉を遮るように、セフィリオは着替えの手を止めてオミを振り返る。
「・・・え?今、何て」
「は?・・・何か、変なこと言いました?」
セフィリオの真剣過ぎる顔に驚いて、オミも問い掛ける。
心に感じた文句を素直に言葉にして言ってみただけなのだが、何か不味かったのだろうか。
「『好きだと』・・・」
「はい?」
「『好きだと言った』、だって?・・・・聞いてないよ、俺は」
中途半端に着替えの途中だったセフィリオは、上着の前を全開のまま、ベッドに座っているオミの前に屈んだ。
明るい部屋で、突然視界に飛び込んだ他人の肌は直視出来るものではない。
同性だから気にならないとは言っても、それがセフィリオであるだけに性質が悪い。
逸らそうとしたオミの視線は、唇を撫でるセフィリオの指に許して貰えず、仕方なく彼の胸を眺めるしかなかった。
視線を上げるのはもっと気まずい。きっと、先程の舞台の時の様に、彼から視線が逸らせなくなる。
「・・・この口で、俺に向かって言った事あったっけ?・・・本当に?」
「・・・ぅ・・」
そう言われてみれば、はっきりと言葉で言った記憶はないかもしれない。
態度では何度も示したが、言葉で彼にそれと伝えたことはなかった。
似たようなことは何度も言ったのに、それだけは、どうにも気恥ずかしくて言葉に出来ない。
「・・・オミ?今からでも良いから、聞かせてくれないの?」
「・・・突然言われても、無理です・・・・・・っ?」
視線も上げられないまま、ぼそぼそと小さく呟いた。が、途端視界が反転する。
背中に感じたのは柔らかいシーツ。反対に、肩に感じたのはセフィリオの熱い手の平。
「・・・え?」
「突然言われて言えないのなら、言えるようにしてあげようと思ってね」
そして、視界一杯の、セフィリオの蒼い瞳。
そう思った時にはもう唇まで奪われていて、当たり前だが文句など言える時間もなかった。
「っん、・・・ン・・・ぅ・・・ッ!」
キスは、宥めるような柔らかいものではなくて、突然深く身体に火を付けられるような激しいもの。
身じろいで逃れようとするが、セフィリオの手の平はそれを予測していたように、オミの下肢に触れてくる。
「う・・・ぁ、くっ!・・・ん、んぅー・・・!!」
舞台の上でのキスで軽く灯された火は、追い討ちのキスにあっさりと燃え広がって、オミの身体の自由を奪った。
もう何度も重ねた所為で、オミの弱い所は知り尽くされてしまっている。
元々感じやすい所為もあるだろうが、セフィリオの手に掛かればある意味もうオミに逃げ道はない。
緩い愛撫のじれったさに悶える本能(カラダ)と、流されるのを拒む理性(ココロ)が、息苦しさに閉じた瞼から零れ落ちた。
「・・・っは・・・ふ、・・ぁ」
露に濡れた唇が離れて、零れた銀糸をも掬っていく。
セフィリオの唇はそのまま頬を滑り、こめかみを濡らした涙をも拭ってくれた。
「・・・・ずる・・っ・・!」
「何が、ずるいって・・・?」
そう囁く吐息のようなセフィリオの声が、耳に吹き込まれてまたもオミは言葉を無くす。
その代わり、小さく震えた体を宥めるように、暖かい腕に包まれた。
何時の間にか肌蹴られた服に、お互いの素肌が触れ合っていることにオミは気付かない。
気付かないけれども、その心地良さに吐くべき文句も忘れて、オミは甘えるようにセフィリオの首に腕を回した。
「・・・どうせなら、このまま続けて練習しようか?」
「・・・?」
何の事を言われているのか、咄嗟にオミは理解出来なかった。
けれども、セフィリオの唇が首筋に触れ、その熱さを感じた途端に、オミの脳裏に台詞が浮かぶ。
「・・・って、叫べって言うんですか?」
「・・・うん。『好きだ』って、叫んで欲しい・・・かな」
「っ・・・!」
首筋に触れたままの唇がそう声を零せば、触れる肌に直接声が響いてくすぐったい。
逃げようともがいた身体はそのまま組み敷かれたた威勢でシーツに固定され、首筋に軽い痛みが走る。
「ちょ、ば・・・!何考えてるんですか痕なんて付けたら・・・っ!」
「どうせ血糊で分からないよ。・・・あぁ、でもリィナがここに触るのか。それは・・・確かに嫌な気分だな。役になりきれそうだよ」
「あ、のねぇ・・・!!」
文句を吐きかけたオミの声は、またもセフィリオの唇に吸い込まれて消える。
その間にも肌を撫でる手の平に、燻っていた身体の火がじりじりと温度を上げて、全身を舐めていく。
「・・・オミ、ねぇ・・・まだ言えない?」
唇が放れて、催促するようなセフィリオの声。
甘えるような、期待を込めた瞳に覗き込まれて、オミは突然こんな行為を強いてくる相手を呆れこそすれ、・・・憎めなかった。
「・・・言わなきゃ、駄目ですか?」
赤らんだ頬をセフィリオの手の平が撫でる。それさえも、言葉を強請る子供のようで、やはり怒りは湧いてこない。
「・・・でも、言えません。僕の言う事、セフィリオは聞いてくれないのに・・・セフィリオの我侭ばっかり・・・ずるく、ないですか?」
突如再開を始める指に身体を翻弄されながらも、立場ではオミの方が上だ。
いつもならオミを焦らすその指も、今日ばかりは滑らかに動いてオミの熱を上げていく。
「・・・分かった。だから、ね?・・・聞かせて」
ただ二文字の言葉。けれど、それさえも譲れないセフィリオ。
「じゃ、あ・・・」
オミは、小さく洩れる笑みを飲み込んで、最初の我侭を告げた。



†----------+----------†



今夜は待ちに待った公演日。それも、子供が寝静まった後の闇夜の中で、噂を聞きつけた大人達の為だけにひっそりと行われる。
とはいえ極秘公演というわけでもないので、中には母親の腕に抱かれて眠りかけている子供もいるが、大して興味は無さそうだ。
それも当たり前。愛憎渦巻く特殊過ぎるラブストーリーなど、子供の興味を引けるわけがないからだ。
その点、恋愛を知り始めたお年頃の少女少年以上の方々は、舞台が始まるのを今か今かと待ち望んでいる。
「・・・どこから来たんですかこんな人数が」
舞台の袖でこっそりと客席を眺めつつ、オミは小さくため息を零す。
兵士達や城下の人間はともかく、近隣の町や村からも見物に来た者達も多いのだろう。
広めに作られていた部屋は今ではもう隅から隅まで埋め尽くすように観客で埋まっていた。
「オミ、緊張しちゃダメよ!お客さんはみんなカボチャと思って頑張ってね!」
「・・・緊張っていうか、今すぐ逃げたいっていうか・・・」
自分に与えられた役といえば何やら妙にモテている名家の跡取なのだけれども、そのうち二人がれっきとした男なのだ。
純粋に好意を寄せてくれるアイリの役でさえ、実は人間ではない。
「ダーメ。こんなに見に来てくれた人がいるのに、今更オミに逃げられたら頑張ってきたみんなが悲しむのよ?」
「・・・逃げないけどさ。ところでナナミ、着替えなくていいの?」
「大丈夫vわたしの役はずーっと後半だから。でもオミは主役で最初からの出番なんだから、きっちり支度整えておいてね」
姿を現しての登場はまだ後のことなので、ナナミはまだ衣装に身を通していない。
けれども、ナレーションという仕事があるので、手にはしっかりと台本を握り締めている。
「・・・分かってるけど」
オミも一応着替えては来た。最初はある程度ラフな格好の登場なので、襟元のリボンタイは緩めてはいるが、ボタンはあまり外したくない。
近くで見られることなどないのだからもっと堂々としていればいいのだろうけれども、数日前にセフィリオにつけられた首筋の鬱血がまだ残っているから。
無意識にそこへと伸びる手が、あの時甘えるように言葉を欲しがったセフィリオを思い出させる。
なんとなくムズ痒いような困ったような妙な気分になるが、それでもオミの表情に浮かぶのは小さな笑みだけで。
「・・・なぁんだ。主役だから緊張してるかと思えば、結構楽しそうじゃないv」
オミの笑みを眺めて、ナナミも嬉しげに笑う。緊張してないなんて事はないが、セフィリオを思い出すと確かに気は紛れた。
「・・・『主役』という役柄は言うなれば観客そのものだ。彼らがどれだけオミを通して自分達と重ねられるか、楽しみだね」
「うわ・・っ!」
「セフィリオさん!」
突然後ろから声をかけられて、姉弟揃って後ろを振り返る。
そこには、きちんと衣装に身を包んだセフィリオが立っていた。確かに身形は整えているが、まだ役に入りきっている訳でもない。
何時もの彼と同じようで、何処か違う。ナナミは気付かなかったが、オミとは正反対に彼の顔はただ今不機嫌絶好調だ。
「・・・」
これがまぁ、オミが提示した『我侭』の所為だったのだけれども、セフィリオにとっては拷問に近いらしい。
この場にナナミが居てくれて助かったと思うオミだったが、やはり何故か天はセフィリオに味方する。
裏からナナミを呼ぶ声が響き、姉は慌ててそちらに返事を返しながら、項垂れるオミの肩を景気良く叩いていった。
「あ、わたし、行かないと!じゃあオミ、もうすぐ始まるけど頑張って!」
「う、うん、ナナミ・・・!あ・・・」
そしてもう始まる寸前だと言うのに、舞台袖には何故かセフィリオとオミしか居ない。
オミと同じく最初から出番があるニナはといえば、オミ達がいる舞台の反対側に待っているはずだが、それにしても人気がなさ過ぎる。
後ろから感じる視線を苦笑で受け止めて、オミはさり気なく普段通りに話し掛けてみた。
「そんなに、怒らなくてもいいじゃないですか」
「怒ってる訳じゃない。・・・ただ、我慢するのが辛いだけ」
「何でそんなことで・・・」
「『そんなこと』なんて軽い問題じゃない。目の前にオミが居るのに『舞台関係以外で触るな』なんて・・・何処まで焦らせば気が済むんだ?」
「焦ら・・ッ!そんなつもりじゃないですってば!」
練習にリハーサルになどと重なってくると、やっぱり体力勝負になるのは目に見えている。
スタートが遅れた分、オミは他の誰にも迷惑をかけないようにと、セフィリオの誘いを尽く断ってきた。
問答無用で部屋に入ってくる彼を追い出すのもある意味体力勝負だったが、部屋の中、ましてやベッドの中に入って来られてから逃げるなんてまず不可能だからだ。
もう一つ。彼は何にせよ痕を残したがる。
何が不安なのか、オミを自分のものだと誇張したくて仕方ないようで、痕を残すなと言って聞いてくれた例がない。
あらゆる要因がセフィリオにあるというのに、そっちはまったく聞こうとしないで、自分の主張ばかり押し付けてくる。こういう我侭言い放題な所を見れば、やはり育ちのいい『坊ちゃん』なんだと感じてしまう。
「ただ、セフィリオが僕の言う事聞いてくれないのが悪いんだってば」
「聞いてるよ充分に。だから、ここ数日で一緒に眠ったこともなければあっちだってご無沙汰だ。・・・出来たことといえば、練習でのキス程度か?」
人前だろうが何だろうが、『程度』・・・などと言える軽いもので終らせてくれることは滅多になかったが。
文句を言いたい気持ちを我慢して、オミは拗ねっぱなしのセフィリオへ苦笑を零した。驚いたことに、セフィリオのこういう子供っぽい独占欲が何気に嫌いではないらしいから、どうしても笑みが零れてしまう。
「・・・それにもう今日で終わりなんですから、機嫌直してくださいよ」
つまらなさそうな顔をしたセフィリオの頬に指先で触れて、そっと撫でる。数日前の練習中に殴った跡は幸いか、残らず綺麗に消えていた。
セフィリオの冷たく窄められていた蒼い瞳は、触れてきた指に少し驚いたような表情でオミを映し、頬に触れる手の平を自分の手で覆って・・・・・・にやりと笑った。
「そうだね・・・。今日で終わりなんだ。・・・じゃあ、今夜からはもう遠慮はいらないね?」
「え・・・、そ、そんな意味で言ったんじゃ・・ッ!」
ない・・・という二文字も飲み込まれて、息を奪うようなキスが上から振り降りてくる。
逃げたくて身体を捩るけれども、背中と後頭部に廻った手がそれを許さない。
と、同時に開演の音楽と、それに重なったナナミのナレーションが始まった。
「んぅ、むー・・・!!・・・も、時間無いのに!何するんですか?!」
「緊張、解してあげようと思ってね。もう、ドキドキしてないでしょ?」
確かに、舞台に関する緊張感は薄れたが、それ以上に胸が煩くて仕方ない。わかっててやってるんじゃないかと思うような笑顔で微笑まれて、直視できずにオミはセフィリオに背中を向ける。
セフィリオを無視するように鞄とコートを左手に持ち、右手にテンプルトン貸し出しのくたびれた地図を持つ。
そんなオミの後ろから伸びてきた手が、上まで止めてあったボタンを二つ程度外してしまった。
「あ、ばか何で・・・!」
「着崩すならコレくらいしないとね。・・・大丈夫、見えないから」
耳元でそっと囁かれ、同時にトンと背中を押されて、照明の落とされた段幕の前に押し出された。
文句を言おうと振り返ったオミの耳に、飛び込んできたのはニナの悲鳴。
その瞬間、眩しいほどではないが、暗かった手元が突然明るくなって、オミは慌てて自分の役を思い出した。
幕の影からヒラヒラと手を振るセフィリオを軽く睨んでから、一呼吸置いて台詞を口にする。
「・・・『今のは?』」
最初から軍主の登場にざわめく観客席。灯りはまだオミただ一人を照らしている。
舞台は、始まってしまったのだ。



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