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A*H

2005年ハロウィン企画

2




「・・・後継者、か」
部屋を案内された後、粗方城の中も案内して貰ったのだが、紋章については、これといって関連がありそうなものは見当たらなかった。
見せて貰えたのは絵画や美術品ばかりで、この城に残る書籍や記録などは一切目にも映りもしない。
「書斎・・とか、ないのかな」
あったとしても、そう簡単に見せてもらえるものではないかもしれないが、オミは静まり返った城の中を一人、歩いていた。
これだけ広い城だ。書斎がなくとも、本を並べている部屋の一つや二つ、ない方がおかしい。
足音を殺しつつ歩き続けているうちに、ふとオミの髪を柔らかな風が撫でていった。
「・・この部屋。誰か・・・?」
少しだけ開いている扉を覗けば、薄暗い部屋の中に所狭しと並ぶ本棚。
部屋の中には誰もいなかったが、オミはまだ足音を殺したまま、ゆっくりと部屋の中へと足を進める。
「・・・何だか、簡単すぎて逆に拍子抜けするな」
本や書と言う物は、別段隠すようなものでもないかもしれないが、あえて公開するようなものでもない。
実際、オミの一族はまだ存続している。絶えた家系の記録なら問題は何もないのだろうが、機密に関わる事もある。
それを考えれば、セフィリオがオミ達をここへ案内しなかったのも頷けた。見かけによらずとも流石貴族。そういう配慮は細かいのだろう。
「・・・さて、目指す資料は残ってるかな・・・」
背表紙の刻まれていない分厚い本を手に取って、窓辺でゆっくりと開いてみる。
灯りは先の尖った細い月明かりのみ。開け放たれた窓に揺れるカーテンが、今宵の風の強さを表していた。
「・・・あれ?」
ふと。
感じた違和感。
それが何かとはっきり気付く前に、オミの視界は突然真っ暗に染め上げられた。


†----------+----------†


「きゃあ!」
「わぁ!」
廊下の曲がり角で、小さな二つの悲鳴が上がった。
驚きのあまり後ろに倒れてしまったニナは、ぶつかった相手を見て慌てて立ち上がる。
「ご、ごめんね!あの、大丈夫?」
「・・・!ニナ?あ、あぁ、うん大丈夫。あたしは平気」
髪は短い黒髪。この城で仕えているリィナの妹で、ニナと仲の良いアイリと言う娘だった。
やはり姉と同じくこの城でメイドをしているらしいが、実際ニナが来た時は二人して城の中を眺めて廻ることが多い。
「久し振りねアイリ!最近会わないから、どうしたのかって心配していたのよ」
「うん、心配かけてごめん。大丈夫だから。ニナこそどうしてこんな時間に・・・?」
借りた部屋着に身を包んだニナは、この城にとっては主が招いた賓客だ。
部屋で一声上げさえすれば、メイド達が用件を聞きに伺うと言うのに、彼女は一人で城を徘徊しているものだから、不信に思われても仕方ない。
「別に、大したことじゃないのよ。ただ、あたしと一緒に泊まってるはずのオミの姿が見えなくて・・・捜していた所なの」
「『オミ様』?見てないけど・・・もしかして、ニナが言ってたかっこいい人?」
「違う!フリックさんは町の近隣を警衛に出てるから、暫く帰って来ないわよ!そうじゃなくて、もっと可愛い子よ」
「可愛い子?そう言えば姉さんが・・・あ、ううん、じゃなくて、今日はもう遅いんだから、また明日探したら?」
「でも、だって部屋にいないのよ?折角一緒に探検しようと思ったのに~・・・」
「はいはい、探検はまた明日。オミ様はあたしも捜しておくから、今日はお休みしよ?」
肩を支えられて、ニナは仕方なく部屋に戻る為足を動かした。
不満げなニナの細い肩を支えながら、アイリは・・・・。
何かを躊躇ったような、そして耐えているような素振りで、ニナを部屋まで誘導した。
後ろから肩を抱かれているニナは気付かなかったが、もう少し廊下が明るければ、自分の部屋に戻るための道では無いと気付いただろう。
誘導され、扉を開いたその先には。
「・・・・お待ちしておりました、ニナ様」
何故か、アイリの姉リィナがニナに向かって静かな微笑みを浮べていた。


†----------+----------†


「・・・っわ・・・!」
背後から伸びた手に視界を遮られて、オミは慌てて身体を捩って腕から逃げ出す。
明るくなった視界で目を凝らせば、オミの視界を奪った犯人はどうやらセフィリオらしかった。
月明かりに髪が蒼く輝いて、確かに美しいが、その分妙に儚くて、恐ろしい。
「・・・わ、悪ふざけは止めて下さい」
直視できなくて、オミはセフィリオの視線から逃げるように目を背ける。
あの目を、長く見てはいけない。そんな気がした。
「・・・悪かったね。少し怯えているようだったから、何となく驚かせてみたくなったんだ」
そう言いつつ、手元の本を捲りながらオミの傍に近付いてくる。
近付いてくるだけかと思えば、本棚を背に固まっているオミの隣へ寄りかかり、セフィリオは小さく笑った。
「・・・怯えないで。そんなに、僕が怖い?」
「!・・そういう訳じゃ・・・」
はっきり言えば、怖かった。隣にいるだけで伝わってくる冷たい威圧感。左手が疼き、再び警鐘を鳴らす。
相手が何を求めているのかは分からない。分からないからこそ、恐ろしい。
「・・・つれないな。僕は君が気になって仕方がないのに。・・・君のことをもっと知りたいと、もっと僕を知って欲しいと思ってる」
読んでもいない本をパタンと閉じて身近な棚に乗せ、セフィリオは隣で俯いたままのオミへと手を伸ばして触れた。
柔らかい肌に冷たい手を滑らせながら、愛しさを隠せない微笑みを浮べて、セフィリオはオミにそう語りかける。
「それ、言う相手間違ってませんか・・・?」
「どうして?」
「・・・あ、愛の・・・告白に、聞こえます」
けれど、どうしてその言葉を言われるのか、オミには分からない。
何かを求められているのだけれど、恐怖ゆえかそれを理解できないでいた。
いや、理解はしているのだが、二人とも同性。どう考えても、恋愛の対象とは別の次元にいる。
そういう考えらしいオミの初心さに、またも嬉しそうに微笑んで、オミの柔らかい髪に指で触れた。
それでも怖がって顔を上げないオミの耳元にそっと屈み、セフィリオは呼気と共に低い声で囁く。
「勿論、そのつもりで言っているのだけれど。・・・伝わってなかったかな?」
「で、でも・・・」
「一目惚れなんだ。・・・本気で、運命だと思った。理想が、再び目の前に現れたのだからね」
『再び』
という言葉が気になって、オミはほぼ無意識に顔を上げていた。
見てはいけないと・・・その瞳に見つめられてはいけないと分かっていながら、透度の高過ぎる純粋な宝石に目を奪われる。
「・・・ぁ」
頬を撫でる手が、意図を持って耳の下へと移動し、そのまま喉元へと滑った。
顔を逸らせないように固定されて、呆然としたままのオミへゆっくりと柔らかいものが降り下りてくる。
一連の流れの、あまりにも自然な仕草に、抵抗することすら思いつかない。
薄く開いたままのオミの唇を丹念に味わうように、セフィリオのそれは激しさもない柔らかいもので。
「・・・っ」
逸らしたくても逸らせない視線と、抵抗を忘れた身体が、セフィリオの口付けを素直に受け入れるのをオミはまるで他人事のように感じていた。
一体どれだけの時間、身体を寄せ合っていたのだろうか。
交換するように与えられる吐息の熱さに、オミは視界がくらりと歪んだように思えた。
ずるりと力の抜けた身体は、それでもセフィリオの腕に支えられ、何とか倒れ込まずに済んだものの、口付けは今だ止む気配もない。
「・・・ん、んぅー・・・!」
息苦しさに、何時の間にかすがり付いていた胸を軽く叩く。首を振って抵抗を示せば、漸く唇が離れて行った。
「・・・っは、はぁ・・・!」
何か文句の一つでも告げてやりたかったが、それよりも息が苦しかった。
せき止められていた呼吸を繰り返すオミを腕の中に閉じ込めたまま、セフィリオはそっとオミの首筋に顔を埋める。
触れた唇でどくどくと勢い良く流れる血の流れを感じながら、嬉しげにそっと囁いた。
「・・・予想通り、いや、もっと・・・楽しみだね」
す・・・とその感触が離れても、濡れた唇を指で撫でられても、オミは荒い呼吸を繰り返すだけで、動けない。
セフィリオの指が首筋を辿り、何かを確かめるように胸の上で止まっても、かすれ声一つ出なかった。
ただ、自由になる視線だけで、楽しそうに微笑む彼を睨みつける。
その時にはもう、彼の視線に囚われたばかりだと言う事を忘れていた。
月の光に輝く蒼い瞳がオミを映し込むけれど、その美しさよりも、いきなり唇を奪われた怒りの方が勝ったオミには通用しない。
「・・・へぇ。なるほど、流石あの人の血を継ぐだけはあるね」
「な、にが・・・」
「なんでもないよ。・・・突然の無礼を許してくれ。こんなに可愛い貴方を前に、どうしても我慢出来なかった」
「・・・!」
その言葉にかっとしたオミは、駄目だと思う前に手が出ていた。叩いた衝撃が手の平に伝わって、漸く怒りが静まる。
「・・・ぁ」
「・・・貴族相手に、勇気があるね。いや、君も貴族なのだからあまり関係はないかな」
セフィリオは静かな声で言い切ると、オミの左手を取って今朝の様に口付けた。
意図を持ったその仕草に、オミは訳が分からない。
「その気の強さも気に入った。ますます迎え入れたくなったよ・・・僕の妻にね」
「だ、から・・・僕は女じゃ・・・!」
「考えておいてくれないか?・・・その代わり、ここにある本は好きなだけ見ていいよ。どうせ、君のものになるんだから」
オミの隙をついて、セフィリオは軽くその額にキスを落とす。
無断で城を漁っていたことには何も言わず、呆然と固まったままのオミに小さく微笑んでから部屋を出て行った。
「・・・『僕のものになる』?・・・なんだよ、それ」
自由に見ていいと言われたら、逆に見る気が失せてきた。
きっと、この部屋には大した物は置いていないのだろう。そうでなければ、あっさり引き下がった理由がわからない。
自分は完全に弄ばれているのだ。オミを元の持ち主の一族だと知っていながら、この城に留まることを勧めたのも。
「・・・もう寝よう」
ふと、流れた風に振り返る。
窓の外には、ナイフの様に細く鋭い三日月が、煌々と青く輝いていた。


†----------+----------†


カーテンの開かれた窓を叩く大粒の雫は、煩いほどの音を立てて振り続ける。
外は雨。昨夜の星の瞬きから想像も出来ないほどの豪雨に見舞われていた。
それでもオミは今日この城を出るつもりでいたのだ。このままここに留まるのは危険な気がする。
「・・・おかしいな。どこに行ったんだ」
朝から捜しているのだが、どうにもニナの姿が見当たらない。
今はもう昼を過ぎている。雨脚は徐々に酷くなっており、これ以上強まると、この城からの森を抜けるのが困難になるだろう。
屋敷の中で出会う人々に何度も尋ねてはいるのだが、彼女を見かけたという者は一人としていなかった。
「・・・あんまり、近付きたくないんだけどな・・・」
城の最上階には、彼の私室があるという。
その手前のホール、あの絵画が掛かっていた部屋がニナのお気に入りらしいので捜しにいかないわけにはいかないのだが。
最上階に向うという事は自分から彼に近付くようで、当然足が重くなる。
「仕方ない・・・」
嫌々ながら階段の手すりを掴んで、中ほどまで昇りかけた時、突然視界が翳った。
「きゃあどいて退いて~!!」
「うわ・・・?!」
降ってきた体をオミは咄嗟に抱き止めて、掴んでいた手すりを軸に何とか転がり落ちずに済んだ。
「・・・大丈夫?」
その声に、沢山の布を抱えていたらしいメイドは慌ててオミの腕から身体を起こす。
客人を下敷きにしてしまったことへの罪悪感からか、伏せた目を上げようとはしない。
「申し訳ありません・・・!あたし、なんてことを」
「僕は大丈夫だから。君も怪我がないなら、よかった」
気遣うようににこりと微笑んで見せて、オミはそのまま階段を昇る。
「じゃあ、僕は行くね。もう、あんまり慌てたら駄目だよ」
遠くなっていくオミの背中を見つめている彼女に向かって、通りかかったリィナが声をかけた。
「・・・アイリ?そんな所で立ち止まってどうしたの。今夜の支度はまだ整っていないでしょう」
「・・・・姉さん、あたしね・・・」
妹の小さな呟きに、リィナもアイリの視線を追いかける。
そこには、姿の見えないニナを捜すオミの姿があった。


†----------+----------†


突然、後ろに感じた気配にオミは慌てて振り返る。
「あ、なたは・・・」
「何を怯えているのかな・・・?今は、何もしないよ」
現れたのはやはりセフィリオで、ホールで肖像画を見上げていたオミの隣へ当然の様に歩いてくる。
昨日の件のお陰で、オミは出来るならば彼に近付きたくはなかった。
この部屋ももう随分と探したのだからと、オミはそのまま部屋を出て行こうと足を動かした。
「・・・どこへ行くのかな」
「ニナを捜してるんです。今は貴方と話してる時間なんて・・・」
「あぁ、彼女ならさっきメイド達とカードで遊んでいたよ。僕も誘われたけれど、君の方が気になってね」
「・・・ニナ、無事なんですか?」
「この城で、何か危険な目に合ったとでも?やめてくれ。彼女は良くこの城に来てくれていた賓客なのに」
くすくすと笑うセフィリオは、そのままオミの手を引いて部屋の隅にある応接へと招いた。
すぐ近くの扉を開けば彼の部屋に繋がっているらしいと話を聞いて、足を止めかけるが、続けられた言葉にオミは抵抗を忘れる。
「・・・君が捜していたのは、彼女だけではないだろう?」
「・・・どうして、そう思うんですか?」
「隠していたのなら謝るけれど、そんなに似ているんだ・・・。君は、あの肖像画の彼女とは血縁者・・・なのだろう?」
「・・・」
そうだと答えるべきか、ここは少し悩んだ。
彼にとっては、オミは前の持ち主の血縁者なのだ。いい気分にはなりはしないだろう。
「だから、君になら全てを見せてもいいと思っているんだよ。彼らが残した資料の全てを。・・・それを知るために戻って来たんじゃないのか?」
手袋越しとはいえ左手に手を重ねられて、オミは俯いていた顔を上げる。
向かい合わせたセフィリオの目は穏やかだ。嘘を吐いているような者の目ではなかった。
「僕が知っている限り、彼らのことを教えよう。・・・時間は沢山あったからね。残された記録を覚えるのは、いい暇潰しにはなったよ」
優しげに微笑む彼に、警戒していた壁が一気に崩れ落ちる。
何をされても、騙されても、どうしてか彼を憎みきる事が出来ない。
もう一度彼と出会ったならば、再び叩いてでも逃げだそうと思っていた筈なのに。
「聞かせて、くれますか?」
迷い迷った末の答えは、やはり好奇心には勝てなかった。
知りたいと思う欲求は時として、恐怖心にすら勝ってしまうものだから。
オミの答えを満足そうに聞いて、セフィリオは軽く手を鳴らす。呼ばれて現れたメイド達に茶の支度をさせ、もう一度オミに向かって微笑んだ。
「・・・もちろん、喜んで」


†----------+----------†





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