3
他愛もない話は、いつまでも終らないかに思えた。
普通に会話しているだけなのに、何故か楽しくて仕方がない。
彼と話している時間だけが別の世界の出来事のようで、過ぎ去っていく時間をオミはすっかり感じなくなっていた。
「それで・・・いや、もう止めておこうか」
「・・・どうして・・・?楽しいのに、もう、終りですか・・・?」
「いいや、君がとても疲れているようだからね。・・・今日はもう休んだ方がいい」
そう言われて、オミも漸く自覚する。瞼が酷く重かった。
慣れない旅先での気疲れと、朝からニナを捜して歩き回っていた疲労のために、うっすらと眠りかけていたオミはそのまま抱きかかえられて、隣の部屋へと移動した。
窓に映る景色は相も変わらずの豪雨だが、睡魔に襲われているオミの耳に届く頃にはその雨音さえも子守唄のように心地いい。
ふわりと柔らかなベッドに横たえられて、目にかかる前髪を指で払ってくれる。
髪を梳かれる心地良さに、オミは睡魔の襲うままに目を閉じた。
すると、下りてくる柔らかい口付け。
相手が誰かと考えるよりも先に、その心地良さと温かさにオミは抵抗を忘れて受け入れる。
「・・・ふ・・んぅ・・・・・」
オミが抵抗しない事に満足したのか、口付けは次第に深く、淫らに変わっていく。
息苦しさに逃げようと顔を背けるが、朦朧とした意識の中で逃げられるほど相手も優しくはない。
重い瞼を何とか開いて、彼の胸に手を伸ばす。押しやるように腕を突っぱねて見ても、キスは緩みもしない。
だが、身じろぐオミを宥めるように、息苦しかったそれは突然柔らかなものへと変化した。
息継ぎの隙間を与えてくれたことにホッとして、荒い呼吸を繰り返しながら、オミは目の前のセフィリオを見つめ返す。
オミの視線を受けて柔らかく微笑んだ彼は、口付けの余韻にぼんやりしたままのオミの衣服に手をかけた。
きちんと止めてある襟元の釦を外され、冷たい冷気が肌を撫でる。けれど寒さに震える前に、首筋を暖かいものが覆った。
「僕の花嫁。・・・至福の夜を君に捧げよう」
耳元でそっと囁かれ、オミは素直に抵抗を忘れた。一息大きな呼吸を繰り返したその時、途端に激痛が身体中を走りぬける。
「ぅ・・あ、ぁあ・・・ッ!!」
痛みに反り返るオミの身体。けれども、シーツに押し付けるセフィリオの力は緩まない。
脳髄まで走り抜ける痛みは、遠退いていた意識を呼び戻し、眠気など一瞬で吹き飛んだ。
「嫌だ・・・!離して、離せ・・・ッ!!」
「・・・駄目だ。逃がさないよ」
一瞬消えた痛みと同時に、耳元で低い声が響く。
が、彼が離れた隙を付いて、オミはするりとベッドの中から逃げ出した。
首筋が熱い。手を添えれば、どくどくと勢い良く血が溢れてくる。
「・・・!」
扉に向かって走って、手をかけた所までは良かった。だが、開きかけた扉はそのまま静かに閉ざされる。
「・・・君はここから逃げられない。僕の腕の中で飼われる籠の鳥なのだから」
オミの視界は突然暗く陰る。振り返らなくとも、背を向けた後ろには彼が居るのだろう。
オミの上から開きかけた扉を手の平で軽く抑えただけなのに、幾らドアノブを引こうとも扉はぴくりともしない。
す、っと、血に濡れた首筋をセフィリオの指が撫でる。
危険だと分かっていた筈なのに。彼の傍に近寄れば、こうなると知っていた筈なのに。
「いや、だ・・・!誰が、お前になんか・・・ッ!!」
優しい笑みに、少しでも信じてしまった自分が悔しくて、同時に悲しくて。
痛みを秘めたオミの瞳は、生憎後ろに居るセフィリオには映らない。
オミの吐いた拒絶の言葉だけを聞き取ったセフィリオの指は、そのまま細いオミの首へと廻る。
「・・・っ・・・は・・・ぁ・・・」
キリキリと気道を狭められて、息が出来ない。
酸欠と恐怖に動悸が激しくなり、首筋の深い傷からは更に血が溢れ出す。
「・・・僕の腕の中でだけ、生き続けることを認めよう。僕のためだけに華を咲かす事を認めよう・・・さぁ、見せてごらん」
ビリ・・・ッと布が裂ける音。
前を肌蹴られていたオミの服は、襟から下まで一気に破られて、あまり陽に焼けていない白い肌が晒される。
肌を舐めるような視線を感じて、オミは息苦しさの中でそれでも身を縮めるように身体を震わせた。
彼の指は今だオミの呼吸を奪ったまま、もう片方の手で彼の肌を楽しむように撫でていく。
「ぼ、くは・・・女じゃ・・・!」
「性別が何だと言うんだ。何も怖がることはない。僕と一つとなり、君はこの世を永遠に生きる。・・・美しいそのままの姿で」
ぴちゃりと濡れた音が響いた。
耳元に寄せた彼の唇が、血を流しているそこへ触れて、傷を舐めたのだ。
その感触とチリッと焼けるような痛みにオミは抵抗するように首を振る。
動悸が治まらない。また、先ほどの痛みを与えられるとするならば、今度こそ間違いなく意識は奪われる。
首筋に触れるキスは優しい。肌を撫でる仕草も。・・・ただ、呼吸を奪うその手だけが、彼を人とは違う何かだと教えてくれる。
「君がそれを拒むなら、僕は僕を止められない。・・・受け入れるなら、至極の喜びを与えると誓う。・・・さぁ、答えは?」
期待するような彼の声。
もしも、彼が人であれば。純粋にオミを想う只人であれば。
受け入れたかもしれない程度に、オミも彼を想っていた。
だが、彼が欲しているのは、『妻』という名の『餌』だ。例えれば、人間であれば誰でも構わない。まして女でなくとも。
「・・・っ!」
またここでも付きまとう、自分が『男』だと言う事実。
家は全て捨てたのに。
「・・も、いやだ・・・」
決して消えないその事実に、何故か酷く打ちのめされて、オミは無意識に扉に寄りかかっていた左手に力を込めた。
「絶対に、嫌だ・・・!!」
途端、目も開けられないほどの光が迸った。
同時にいくらか身体が軽くなる。奪われていた呼吸が戻り、押さえつけるような力が掻き消えた。
「・・・・ッ!」
オミは振り返ることもせずに、その隙を突いて扉を開く。
雨音だけが響く真夜中に誰の気配も感じられなかったが、それはそれで好都合だ。
紋章の光が収まれば、再び彼に掴まってしまうのは目に見えている。
入り組んだ城に道などまるで分からなかったが、オミは暗い廊下をただ走った。
突き当たりになっても、焦らず戻って違う道を選ぶ。
走って走って、それでも消えない追いかけてくる気配を感じて、今目の前の廊下に並ぶ扉の一つにオミは慌てて身を翻らせた。
何を感じてこの部屋を選んだのか、それはオミにも分からない。
だが、その部屋には先客が居たようだ。
蝋燭の柔らかな光に照らされて顔を覗かせたメイドにオミは見覚えがあった。
「あ・・・!」
「・・・君は、昼間の」
彼女の方もオミを覚えていたようで、床にへたり込んでいるオミが立ち上がるのを手伝ってくれる。
オミの首筋の傷を辛そうに眺めて、彼女は無言で白い布を差し出した。
傷口を抑えていた右手はもう血まみれだったが、オミはありがたくその布を受け取る。
「ありがとう。・・・突然、こんな格好でごめん。人を捜してるんだ。金髪の肩までの髪の女の子知らないかい?」
彼女はふと後ろを振り返って、もう一度オミに向き直る。オミには何も見えないが、奥になにかあるのだろうか。
「金髪の・・・ニナ?」
「知ってるんだね!今、彼女が何処にいるか分かる?」
オミは、今すぐにでもこの城を出るつもりでいた。だが、そのためにはニナを捜さなければならない。
彼の言う事を信用するなら・・・メイド達は、ニナの行方を知っているだろうから。
「・・・こっちよ」
少し迷った様子の彼女は、それでもオミの促して部屋の奥へと招いた。
豪華な寝台が蝋燭の灯火を借りてオミの視界に映し出され、その真っ白なシーツの上には、昏々と眠り続けるニナの姿があった。
「ニナ!・・・よかった、無事だね」
ほっとして、零れた自分の言葉に、オミは小さな疑問を感じた。
ニナは、今まで何度もこの城を訪れていたと聞く。
では、なぜ今まで無事だったのだろうか。オミなど、この城に訪れて数日でこの有様なのに、何故。
そして、彼に仕える彼女達のことも。
「・・・アイリ。良く連れてきたわね」
「姉さん!違うの、あたしは、そんなつもりじゃ・・・!」
ベッドの縁に座り込んだオミの後ろで、アイリと呼ばれた彼女と、何度かすれ違ったリィナという女性が会話を始めた。
今の二言で、疑問の一つが解消される。
彼の傍仕えをしている女性達は皆・・・彼の眷属なのだということを。
締め切られた窓、覆い被さった分厚いカーテン。それは全て、外界の光を遮断する為の手段なのではないだろうか。
「この傷・・・旦那様に貰ったの?」
オミに対して、リィナが始めて言葉を掛けてくる。
今まで、オミのことをまるで見えない者の様に扱っていたくせに、首筋の傷を冷たい指が撫でた。
「私達が旦那様の花嫁候補を捜しているうちに、旦那様はご自分で選ばれたということかしらね」
オミの首筋から指を離し、今度は眠るニナの手首を持ち上げる。
取り出した鋼の刃が細い手首に押し当てられ、一本の赤い線を引いた。
「やめろ・・・!」
「なにも貴方でなくてもいいの。旦那様は、新鮮な血を望まれているだけだから」
ニナでも代用が聞くのだと、リィナはくすくすと笑いながら囁く。
手首から流れ落ちる血をワイングラスに受け取り、一気に部屋に充満した鉄の匂いに嬉しそうに微笑んだ。
「若い娘の血は綺麗ね。・・・これなら、旦那様もきっとお喜びになるわ」
狙っていた甲斐があった、とリィナは続ける。
「狙・・・う?」
「・・・そう言えば、彼女の血を貰う時に邪魔したのも貴方でしたわよね。何処までも、私達の邪魔をしてくださること」
そうだ。
初めてこの町に辿り着いた日の夜。ニナは暗闇で襲われていた。
「じゃあ、あの時の・・・」
「そうよ。・・・私なの。花嫁候補に選ばれてからはもっと親しくなるように何度もこの城に招いたわ。彼女ったら私達を親友ですって、笑っちゃうわ」
そんなリィナの言葉を聞きつつ、アイリは辛そうな表情を浮べる。
オミが、アイリの表情を読み取ろうとする前に、顎を持ち上げられ、正面から瞳を覗き込まれた。
「・・・ぅ・・」
くらりと、視界が歪む。
先ほど、セフィリオと話していた時に感じた眠気に似ていた。
薄れ行く意識の中で、力の抜けた体は後ろから伸ばされた腕に抱きとめられるのを感じた。
後ろに居たのはアイリだ。目の前にいるリィナは、ニナの血で満たされたグラスを愛しげに眺め、柔らかく微笑んだ。
「アイリ、もういいわ。本当なら切り刻んであげたいけれど、・・・・あなたの好きになさい」
その言葉を最後に、オミの意識は重く沈み、消えた。
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「フリックさん!!」
警衛から戻ってきたばかりの彼は、呼ばれた声に振り返る。
彼を呼んだのは、市庁舎で働く仲間の一人で、フリックと同じ警備に属する少年ヒックスであった。
「どうした?こんな夜中に起きてるなんて珍しい・・・じゃないな。何かあったのか?」
いつもなら誰も彼も寝静まっている筈の深夜だ。
それも、今夜は大雨。いくらか小降りになってきたからとは言え、人々が起き出して行動するには明らかに場違いだ。
「また、消えたんだ!今度はニナ。訪れた旅人を城に案内するからって、それっきり戻らない」
「あのバカ!若い娘は出歩くなと言っておいたのに・・・!」
解きかけた防具を再び身につけて、フリックは腰に剣を差す。
「アンネリーの姿が消えたのは、今から一月前か?・・・いつもいつも新月の夜には人が消える」
ちっと舌打ちをして、フリックはふと先ほどの言葉を思い出した。
「ヒックス。お前、ニナは旅人を城に案内するから・・・と言ったな?」
「うん、あんまり見かけた人は居ないんだけど、遠目からちらっと見た感じでは、赤茶の髪をした細身の子供だったって」
「・・・そいつがニナを攫った、とは考えられないのか?」
誰かが言ったその言葉。
町の少女たちを攫う相手が特定できない今、そのたった一つの言葉で、敵意が絞られてしまう。
本当かどうかは分からない。実際には、ただの旅人なのかもしれない。
だが、今は情報が少なすぎた。その少年ですら何者かも分からない今、彼を犯人に仕立て上げるのはなんとも容易なことだった。
「・・・違うね。その子は犯人じゃないよ」
ざわついた市庁舎の中で、冷静なその声が異様に大きく響いた。
振り返れば、二人の騎士を脇に従えた少年が、幾つもの視線を平然と受け止めてそこに立っている。
「赤茶の髪で細身の子供・・・。間違いないね?」
「あ、あぁ」
「僕は彼を捜しているんだ。妖しい者じゃない。彼の身元は僕が保証しよう」
少年が差し出したものは、紋章を継承し続けてきた貴族の称号。
「彼は、『破魔』の継承者だ。この町が厄歳に見舞われているのなら、彼の力がそれを沈めるだろう」
それだけを言い切って、少年はくるりと踵を返す。
「お、おい!この闇の中何処へ・・・!?」
「その少女が行方不明なら、僕の探し人も同じ目に合っているのだろう。・・・助けに行くんだよ」
「お前一人で何が・・・」
言いかけたフリックの傍を、一陣の風が走りぬけた。
身につけていたマントがはためいて、大きな音を立てる。
「・・・見くびらないで頂きたい。我が主君は『風』の継承者」
「何者にも敵わぬ風を巻き起こすお力をお持ちだ。貴殿等こそ、怪我をせぬよう下がるが身の為だ」
少年を取り巻く二人の騎士は静かにそう告げ、立ちすくむ彼等を置いて城へと足を進めていく。
「・・・なんだ、あいつら」
「だから嫌なんだよ紋章貴族ってやつは。・・・力を持ってるからってそれを振りかざして従おうとさせる」
「引くことねぇぜ!おいら達には地理がある。先周りしてあいつらの鼻、明かしてやろうよ!」
血気盛んな彼等の言葉に、フリックは飲み込みかけていた言葉を続けた。
「・・・あぁ、そうだな。行くぞ・・・!」
朝から降り続けていた雨は止み、それでも空は黒く、まるで漆黒そのものであった。
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軽いノックの音が部屋に響いた。
「入れ」
静かな声に扉を開き、ベッドに横たわる主人に向けてリィナは美しい仕草で会釈をした。
「お食事をお持ちしました。若く美しい娘のものです」
確かにリィナが差し出すものは全て極上品だろう。
美しく磨かれたワイングラスに揺れるのは、鮮やかな色の美酒。
漂う香りも悪くない。セフィリオは何度か燻らせてから、一口味見をするように口を付けた。
「・・・悪くない。今夜は誰の血だ?」
「ニナという少女ですわ。旦那様が前に一言、彼女の味を試してみたいと仰っていたものですから・・・」
「・・・あぁ、そんなことも言ったかな。・・・まぁ、どうでもいいが」
香りたつ甘さと、濃い血の味は確かに悪いものではなかった。
けれども、先ほど味わったばかりのオミの味が舌にこびりついて、離れない。
初めて味わった眩暈のするような甘さ。
快楽に体を溶かす前に、肌から薫る芳しさに我慢できず、牙を突き立ててしまった。
痛みに泣かせてしまったが、その泣き顔さえ、誰にも見せたくないと思ってしまう。
この体になってから、初めて感じた狂うような独占欲。
彼が・・・オミが欲しくて堪らない。
「リィナ。彼・・オミが走り回っていたと思うけれど、見かけていないか?」
「いいえ、存じておりません」
キッパリと言い切った彼女の微笑みは歪まない。
新鮮な処女の血でも潤わない喉は、オミだけを欲して酷く乾く。
カタンと、まだいくらかも飲んでいないグラスをサイドにおいて、セフィリオは遠くを見つめた。
「旦那様・・・?お気に召しませんでしたでしょうか・・・?」
血に濡れた唇を拭おうと、清潔な布で触れてくる。
と、その時彼の体を何かが突き動かした。
「きゃ・・・!」
白い布を握った手首を掴んで、リィナの細いが豊満な体をベッドに組み敷く。
「・・・旦那様?・・・飢えて、いらっしゃるのですか?」
突然こんな態勢に押し倒されたというのに、リィナは嬉しそうな顔を隠せないで、セフィリオに微笑みかける。
キスを強請るように腕を首の後ろに回して、引き寄せたその時。
「・・・君は、オミを知らないと、言ったね?」
唇が触れ合う寸前での、低い問いかけ。それでもリィナは、平然と微笑んで見せた。
「えぇ、存じませんわ」
「・・・では何故、君から彼の血の匂いがするんだろうか。・・・・彼の傷に触れたね?」
「・・・!」
白い布を掴んだままの細い手の平。
リィナはあの時確かに、オミの傷に触れた。彼の血に触れた。
セフィリオが自分のものとして傷を残した証に、彼女は触れてしまった。
「僕が、自分のものに触れられるのを嫌うということくらい・・・君は知っていると思っていたんだけど」
「旦那様!騙されてはなりません!彼は・・・あれは、私どもを封じたあの女の子孫ではありませんか・・・!」
「・・・何も知らないくせに、何を言い出すんだリィナ?・・・『あの女』?彼女のことを知らない癖に大きな口を叩くな!!」
ベッドに押し倒されて居た身体は、その怒声と共に吹き飛び、壁にぶち当たる。
痛みと、薄れ行く意識の中で、それでもリィナは彼を見つめた。
彼だけを見つめていた。・・・人であったその時と同じように。
セフィリオにとってはただの『餌』でしかなかった、その時と同じように。
「・・・君の気高さを気に入って僕の一族に迎え入れたけれど、検討違いだったみたいだな」
血を奪われて、それでも人間の世界で生きてゆけと突き放された時、彼女はセフィリオに懇願したのだ。
人の世界など捨ててもいいから、傍に置いて欲しいと。
決して邪魔者にはならないからと、誓いを立てて。
彼と同じような血を欲する魔物にはなれなかったけれど、時間に縛られた人の身は捨てられた。
これからも、ずっと彼の傍で仕えていこうと望んでいたのに。
「『邪魔ならば、潔い死を』・・・そう、僕に望んでいたね」
「旦那様・・・私は・・・!」
「始めに言っておいた筈だ。君も、きっと壊れると。望むモノを手に入れるために狂うのだと。・・・・僕等は、狂っているんだよ」
酷く優しげな瞳で微笑まれて、それでも、その奥に光る鋭い殺気を感じて。
「きゃああああああ――――――――!!!」
リィナの視界は、真っ黒な闇に染め上げられた。
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